「殿下、先ほど救護院や孤児院へ慰問にいったことがると仰っていましたね」
「ええ。よく行くのよ。お手伝い程度だけど看護の経験もあるわ」
「そうですか」
きっと彼女は知らない。
本当の救護院や孤児院がどういうところか。自分が慰問に行っている場所がどれだけお上品に整えられたところなのか。所詮は箱に閉じ込められ、閉じ込められたことにすら気づかずに一生を終える身なのだ。
本当ならそれでも良かった。
それを壊したのはパイデス自身であり、彼女の無自覚なまでの無知さだ。
「せっかくですから我が領の救護院と孤児院にも行ってみますか?」
今回の視察には含まれていなかった。でも、そこまで言うのなら現実と言うのも見てもらうのも一興。そこで王女が何かを学び、成長につなげるのか己の無知さにただ打ちのめされるだけなのか、変わらず自分の理想で構成された世界で解釈し、頓珍漢な方向に感情の赴くまま進むのかは彼女次第。そこまでの責任は持てない。
ただ、自国の民として命をかけて来たからこそ、それだけの価値があったのだと思わせる成長を見せてほしいと切に願う。
でなければ今回の戦争で死んだ人たちはただの無駄死にだ。
王女は何も知らずに「ええ、ぜひ」と喜んだ。そんな彼女に心の中で冷笑しながら私は案内をした。その様子を後ろから王太子が見ていることには気づいていたがどうでも良かった。
もうすでに自国の恥を晒しているのだ。今更彼女の恥が一つや二つ増えたところで恥ずかしいとは思わない。それに彼も言っていたように所詮は子供のお遊びだ。
ならば大人として慈悲深い王女ごっこに付き合ってあげてもいいではないか。最も子供の理想を壊すことが目的という少々意地汚い面はあるが。
「こちらが我が領の救護院です」
「・・・・・」
足りない人手不足でかろうじて保っている衛生面の中で痛みに呻く患者は大人だけではない中には子供や赤ん坊までいる。
「これが、救護院なの?」
「はい」
これが本当の救護院の実態ですという言葉は飲み込んだ。
王女が慰問に行く場所ではこういう現実は隠されている。王女だけではない。貴族の令嬢が義務として訪れる場所でもそうだ。だって、もしそこで彼女たちが不快に感じたらたったそれだけで施設関係者の首は飛ぶ。それに守られて育つ王女や令嬢には刺激が強すぎるのだ。
あくまで王侯貴族としての義務を果たしているという体裁だけ保てばいい。それが慰問の実態なのだ。そんなことにも気づかずによく経験があるだの言えたな。
「っ。この匂いは?」
鼻につく匂いが辺りに充満している。
「ああ、患者の中には傷口が腐っている者もいるので」
「腐って・・・・うっ」
口元を抑えて吐き気を抑える王女の背中をさする。
「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけてみると王女はキッと私を睨んできた。
「どうしてこうなるまで放っておいたのっ!あり得ないわ。私が領主だったらこんなことになる前に手を打つわ」
「たとえば、どんなですか?」
「決まっているわ。国に支援を頼むのよ」
結局は人頼みではないか。自分で解決しようという頭がない。
「見返りは?」
「は?」
「タダで支援してくれるほど国はお優しくはありませんよ」
「そんなわけないじゃない。お父様だって自国民を救う為に支援を惜しまないはずよ」
「人助けはタダでは行えませんよ。医療物資や食料物資。何らかの支援を行うにしたってお金がかかります。終戦後の国にそんな余裕はありません。足りない分はどうしますか?国民から巻き上げますか?それに支援が必要なのは我が領だけではありません。確かにルーエンブルクの被害が一番大きいです。でも一番大きいというだけで他の領が無傷かといえばそういうわけではありません」
眼下に転がる石ばかりに目を向けていたって目の前に壁があれば転ばずとも怪我をするものだ。だからあなたの優しさは誰も救えないのだ。
「それに今に始まったことではありませんよ。王女、あなたが普段から慰問に行っている救護院に今度もう一度行ってみてください。今度はお忍びで。施設側に何も伝えずに」
王女は目を見開き、私を見つめる。
「私が普段から慰問に行っているところもここまと同じだと?」
「はい」
「でも、じゃあ、私が行っているときはそれを隠しているの?」
「ええ」
「どうして?」
「あなたが王女だからです」
王女は訳がわからないという顔をしている。生まれながら大国の王女であった彼女は人の顔色を伺う必要がなかった。だからそうしなければならない人たちの心理が理解できないのは仕方のないことだ。だって、誰も教えて来なかったから。
「今日はもう帰りましょう」
「・・・・・ええ」
来た時とは違い、王女はとても疲れた顔をしていた。