どこまでも王女に甘い王は王女同様に現実が何も見えていないのではないかと疑いたくなってしまいたくなるぐらい能天気だった。
「社会科見学、ですか?」
王宮から使いが来た。私の知らせを受けた王からの返答を持ってきて。
「はい。王女は唯一の陛下の実子です。いずれ女王となってお立ちになるための勉強の一貫として貴殿には王女の視察を受け入れるようにと」
戦時中にティーパーティーを開催し、ようやく訪れた平和をくだらない正義感を振り翳して壊そうとする女が王になるという事実だけでこの国の滅亡が見えそうだ。
まともな人間を王配として迎えられるかどうかでパイデスの今後が決まるな。
「ここがルーデンブルクであることを陛下はご存じか?」
「何を当然のことを聞いている?」とでも言いたげな使者の顔を見るだけで彼らが何も考えていないのがよく分かっている。
「使者殿、ここはエルダに隣接しており、戦争の被害が最も大きいところです」
「はい。私も道中で確認しております」
「なんとも痛ましいことです」と使者は憐れみの目を領主として立つしかなかった私を見る。
「っ」
違う!そういうことじゃない。
本当に何も分かっていない。
「治安が悪いとは言いません。けれど、急な王女の視察で警備体制が不十分です。領地の立て直しで多くの者が出入りしています。他の領地に比べて我が領は現在、業者に紛れて不届き者が入って来てもおかしくはないのですよ。そんなところに王女を向かわせて何かあってもこちらは責任が取れない」
頼むから帰ってくれ。
王女のエルダに対する言動だけでも頭が痛いのに。何よりも現実を分かっていない王女の言葉に領民がどう反応するか分からない。
「領民が王女に危害を加える可能性だってあります」
「それはないでしょう」
「何を根拠に」
「恨むべきはエルダ。この領地を荒廃に変えようとしたのも彼らの生活を壊したのも貴殿の両親を亡き者にしようとしたのもエルダ。恨むべきはエルダであり、民を守らんと戦ったパイデス王家を恨むはずがない」
言葉が出なかった。目の前の男が何を言っているのか理解できない。
「それは貴殿の考えか?それとも陛下がそう仰ったのか?」
「陛下ですよ。あなただってそういう認識のはずです。それでも和平条約のため、エルダの人間をルーエンブルクに招き入れるしかなかったあなたのことに王女はいたく心を痛められておりました」
戦場では心を痛めるどころか命を奪われた人間だっているのに。傷も痛みも知らない人間が的外れな同情心だけで私たちの心を踏み躙っていく。
「それでも憎きエルダと共に行動をすることを王女が決められたのは少しでもあなたの心をお慰めしようという王女の優しさです」
「本当に王女は優しい方だ」と使者は言う。
東の国に『すれちがつた今の女が 目の前で血まみれになる 白昼の幻想』という歌がある。それは東の国で『猟奇歌』という歌集にまとめられていた。その歌集は戦場で会った傭兵が持っていた。読ませてもらった時、なんて狂った歌を歌うのだろうと思った。
でも、今なら分かる。
目の前の使者が、幸せそうに笑っている王女が、この国に関わる全ての人間が死ねばいいのにと思う。歌のように血まみれになったら少しは現実が見えるだろう。
「王女の優しさに感謝し、最大限のおもてなしをさせていただきます」
私がそういうと使者は満足そうに笑って帰っていった。