もし君の世界から僕だけが消えても。

カナヅチという言葉の意味を知ったのはいつ頃だったのだろう。

僕は多分、それを知るより前に泳げないことを自覚していた。

バタフライや背泳ぎなんて以ての外で、クロールさえ15mが限界。


そんな僕は今─溺れている。


水面って日に照らされたら白っぽく見えるんだな。

なんて、このタイミングでそんなことを考えた。

自分の口からボコボコと気泡が水面に近づいていって、反対に僕の身体は海底へと引っ張られる。

「あぁ、死ぬ」

僕は今、多分泣いている。海水と混ざって分からないけど、多分。

目を閉じて、波に身体を任せてみた。

揺れる。押し流されて、戻ってくる。心地よい気持ちにさえなった。




最後に、君に会いたい。




ふとそう思った。

正直自分でも、どうして海にいるのかわからない。記憶もない。

だけどたったひとつ思い残すとするなら、僕のこの恋心なんだ。

突然僕の前に現れた、天使のような君。

あっという間に僕は恋に落ちた。この海底に沈むよりももっと早く。

例えるならそう、木になったリンゴがニュートンの目の前で地球に吸い寄せられたように。



好きだ。



君のことが、誰よりも。









僕の手を誰かが握っている。ここは海だというのに、誰かがいる。

ぐい、と強い力で引き上げられる。

僕は空気を求めて、肺を大きく膨らます。息を吸い込む。酸素を探す。


目を開ける。


そこには君がいて─そして、僕は生きていた。