振り返ると、そこには一人の男性が
立っていた。会社で一度も見たことがない。
私の会社は、従業員も多く部署も細かい
ので、会社で見たことがない人がいてもおかしくない。

その人は、オールバックで背が高く、
モデルのようにすらっとしていて、
目はぱっちり二重、鼻筋も通っていて、
超絶イケメンだった。

私は突然のイケメンに、
思わず見とれてしまった。

「あの…大丈夫ですか…ね?」
男性はまた声をかけてきた。
その声で我に返る。

「はい…大丈夫です…」
イケメンすぎて見とれてました、
なんて言えないし恥ずかしい。
まともに顔を合わせられない…!!

「ぶっ!!」
突然男性は吹き出して笑いだした。

私は思わずハッとして口を抑えた。
もしかして…さっきの聞こえてた?

「あの…」

「聞こえてましたよ。充分伝わりました。
ありがとうございます」
男性はそう言いながら、爽やかな笑顔で
私に頭を下げた。

「えっと…どこから聞こえてましたか?」
私は恐る恐る聞いたみた。

「イケメンすぎて見とれてました、
なんて言えないし恥ずか…」
男性は丁寧に全てを言おうとしたので

「もう大丈夫です!! 失礼しました!」
そう言って、私は頭を下げた。

恥ずかしすぎて耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。

顔を上げてお互いに見つめ合うと、
お互いに思わず笑ってしまった。

「あっ名乗ってなかったですね。
僕は谷口尚です。
よろしくお願いします。」
そう言って私の前に手を差し出してきた。

「八木優喜です。よろしくお願いします!」
私も自己紹介をした後、差し出された手を
ぎゅっと握り握手をした。


それが、わたしと尚の初めての出会いで
この日から関係が始まった。



尚は営業のスターらしく、会社で最年少で
社長賞を取った凄い人だと後で知った。
有名な人なのにも関わらず、私は全く知らなかったのだ。

初めて会ったその日に、連絡先を交換して
それから少しずつ交流を深めていった。
そして、すぐにお互いに惹かれ合い

「俺と付き合って欲しい。
一緒にいてください」

尚から告白してくれて、そのまま付き合うことになった。

週末の休みになるとどこかへ出かけ、順調に進んでいた。本当に幸せの絶頂だった。
のだが…

「ごめんなさい、もう借金が払えなくて
自己破綻することになった。」
突然電話をかけてきて、母親が泣きながら話した。
「そう…なんだ」
私は苛立ちより呆れてその一言しか言えなかった。
両親のせいで借金は私も肩代わりしていて、
貯金も底を尽き、かなり辛い状況だった。
しかし、大好きな尚になんて話ができず、
悩んでいた。

ーこれ以上尚に迷惑かけられない

「話ってどうした?」
尚は手を腰に当てながら話した。

「ごめんなさい。別れて欲しいんです。」
私はしっかり尚の顔を見て言った。

「どうして…?」
尚は悲しそうな顔をして言った。

「…他に好きな人ができた。」
私はかなり辛くなってきた。

「…わかった。」
尚は何も聞かずにそう答えた。

そして私と尚は別れた。
本当は引き止めて欲しい気持ちもあった。
だけど、そうなると決意が揺るぎそうなきがしたから良かった。
だけど、涙が止まらなかった。

仕事も辞めて、完全に尚との関係を断った。気分を一新したくて、家も引越しを
した。丁度、会社に勤めて四年になるし
良かったのもあった。

その後、家の近所のカフェで働いていた。
そのカフェは、実は私の行きつけですごく大好きだった。面接に行った際は
店長にいつも来てくれてる方だと言われて
その日に採用された。
コーヒーが好きな私にとっては最高の職場だった。
だから、尚のことなんて全く思い出すこともなかった。

なのに…

「いらっしゃ…」
いつものように入ってくるお客様に挨拶をしようとした瞬間、私は目を疑った。
まさかだった。

あの尚がお店に入ってきたのだ。

私が勤めてるカフェは前の職場よりも
九駅離れたこじんまりとしたカフェだ。

今日は給料日でもあり、私の誕生日でも
あったので最高の一日になるはずだったのに…。

「すみません、アメリカンコーヒーを
一つ下さい。」

私の目の前に尚がやって来た。
タイミングが悪く、今日は私がレジ担当の日だ。逃げられない。

でも今日はたまたまメガネをかけている。
しかも尚にはメガネ姿を一度も見せたことがない。これなら、バレないはず…。

「アメリカンコーヒーですね。」
アメリカンコーヒーをお会計しようと
レジを触ってお金を受け取ろうとした時
だった。

「メガネ姿も可愛いね。優喜。」
そう尚が言ったのだ。

「すみません、違う人だと思いますが…」
私はそう言って誤魔化した。
まずいと思ったが、バレないように平然とお会計を済ませた。