「まゆー。まゆかー。午後から雨が降るかも、って。傘、持って行きなさいね」

 キッチンからママの声。
 玄関のドアを開けると、雲があちこちに散らばっているものの、雨なんて降りそうにもない空模様。

「わかったぁ。行ってきまーす」

 ママが綺麗に折り畳んでくれた、ミントグリーンの傘をスクールバッグに入れる。
 数日が経つけれど、傘は未だに返ってこない。
 あれから晴天続きだし。貸した相手が、彼だし。
 いい加減、諦めればいいのに。新しい傘を手に入れることを躊躇っている。

「じゃあ、行ってくるね」

 シューズボックスの上の写真立てに向かって手を振り、家を出た。
 

 ママが言っていた通り、お昼過ぎからポツポツと雨が降り出した。
 教室に彼の姿は、ない。
 今日は休みか、と美空が残念がっていた。心音だって、ひかるだってそうだ。心なしか元気がないように見える。
 ただ眺めることしかできないのに。彼女たちにとって彼の存在は、思いのほか大きかったようだ。それを改めて実感させられた。

「ケンカばっかりしてるし。ルールの守れない人なのに。イケメンだっていうだけで、許されちゃうんだよね」

 そう思っていても、口には出さない。出せない、っていうほうが正しい。
 彼女たちの反感を買うだけだから。