誰かに話したいと思った。
のどの、本当にギリギリのところまで込み上げてきた言葉の全てを。
彼が笑ったこと。わたしを「瀬戸」と呼ぶこと。
彼に傘を貸してあげたことも、その傘をちゃんと返してくれたことだって。
「……コーヒーを、」
缶コーヒーをご馳走してくれるなんて、思ってもみなかった。
まだ、ドキドキしている。
さっきまでそこに彼が居た。わたしは彼と、同じ時間を過ごしてたんだ。
わたしの中にある感情を拾い集めて、ぜんぶ吐き出してしまいたい。
スッキリしたいわけじゃない。
共有したいんだ。
みんなが知らない彼の一面を。次々に生まれてくる、このむず痒いほどの感覚を。
誰かと共有したい。
そう思ったのも束の間。彼女たちの顔が過ぎると、嘘みたいに熱が引いていった。
困惑した表情の、心音、ひかる、美空の顔が。
「今まで知らん顔してたのに」「興味ないって言ってなかったっけ?」「なんか、ずるい」
そう言ってるみたいで。
こくりとのどを鳴らすと、拾い集めた感情は元の位置へと散らばっていった。
最後のひとかけらを吹き飛ばすように、わたしは、深いため息を吐いたのだった。



