「それはちょっと、ちがうと思う」

 そう言いたかった。なのに、モゴモゴと口の中でかき混ぜられるたび、言葉は原型をなくしてしまう。

「ほ、」「ふ、」「な、」「ほ、」「ふ、」

 そんな、空気ばかりを含んだ文字がこぼれ落ちた。
 頬が一気に熱くなる。
 彼は、どう思っただろう。どんな表情をしてわたしを見るのだろう。

 そっと顔を上げると、バチッと視線がぶつかる。

 細められた薄茶色の瞳。
 弧を描く血色のよい唇。

 きっと、最高に綺麗であるに違いない。
 そう思われた彼の笑顔は、わたしの想像の遥か上をいく。
 ははっ、と短く笑った彼の声が、わたしの体温を一気に上昇させた。

 初めて、だ……。

 彼が隠し持っていた魅力を、初めて目にしてしまった。
 ゾクゾクした。心臓が、ぎゅっとなった。
 のどが熱くて。熱くて、じんじんと痛い。

 不思議。すごく不思議。
 誰かの笑顔を見て泣きたくなったのは、きっとこれが初めて。
 じわりと滲む涙がこぼれ落ちないように、きつく口を結ぶ。