不機嫌そうな表情をする彼に近づくのは、かなりの勇気がいる。
視線をどこに置いたらいいのか、わからない。
こくりとのどを鳴らしたわたしは、古びた傘立てを目印にして歩いた。
「よかったら、使って」
差し出したのは、紺色の生地に白い星が散りばめられた傘。先月末に買ったばかりの、つい先ほどひらきかけた傘だ。
「なんで?」
「……なんで、って」
目鼻立ちのはっきりした彼は、今まで出会ってきた男の子たちとは違う。どう表現することが正解なのか。
あえて言うならば、『別格』だ。
それなのに、完璧だと思えないのは、きめ細かい肌に張りついた傷のせい。
右頬のすり傷。口の左端には、乾いた血の塊。
それが残念でならない。
「それ、柳田くんのじゃないでしょう?人のを勝手に持っていくくらいなら、これを」
彼の、水分の抜けた金色は、辺りが灰色のせいか、くすんで見えた。
手にしていた傘を放した彼が、無言でわたしを見つめてくる。睨むのとは違う。けれど、その瞳の奥に何があるのかを見つける前に、わたしは視線を逸らしてしまった。
考えてみたら、彼の名前を呼んだのは今日が初めてで。こうやって向き合うことも、言葉を交わすことも、これが初めてだった。