「あー、……うん」

 返ってきたのは、たったのそれだけ。いつ、どこで。なんて、訊いてはこない。
 何故そんなことを言ってしまったのだろう、と後悔した。後悔しながら、小説を手に取った。
 意味もなくパラパラとページを捲る。そうでもしないと、緊張でどうにかなってしまいそうだ。

 いつまでここにいるんだろう…。

 話題なんて、すぐには見つからない。というか。必死になって探す必要があるのだろうか。
 でもここで、帰ります、と席を立つのは失礼だ。
 チラリと彼の様子を伺う。
 左頬には、またひとつ新しい傷ができていた。

「……大変、ですね」

 思わず「何が?」と、自分で自分にツッコミを入れたくなる。
 深く考えずに口に出したことを反省した。できれば回収してしまいたい。

「なにが?」
「……ぁ、……えぇっと」

 彼はブラックコーヒーを手に取ると、わたしの左隣に腰を下ろす。

 ……座っちゃった。

 回収するどころか、また次の言葉を出さなくてはいけないじゃない。

「大変、っていうか。なんていうか……。そういうところに所属してると、傷が。傷ばっかり増えちゃうじゃないですか」