ブラックと微糖。並んだ缶コーヒーを交互に見る。どっちがいいか、ということは。
「どっちかを、わたしに……ってこと?」
わたしの問いかけに、こくりと頷く。
なんで。どうして。嘘でしょう?どうして彼が。なんでわたしに。
「傘の。お礼」
まだ聞き慣れない彼の声が、鼓膜を震わす。
薄茶色の瞳を見上げたわたしの口が、ゆっくりと開く。
「あ、……あり、が、と、う」
ブラックは苦手。できればミルクが入っているほうがいい。
なんて言うわけがない。
わたしは恐る恐る微糖のほうを手に取った。
手に伝わってくる温もりが、じんじんと全身をめぐる。
わざわざ、を付けるべきだったかな。
気にしなくてよかったのに、と言うべきだった。
「………」
「………」
「ありがとう」に続く言葉を探さなくては。
妙なプレッシャーを感じつつ、閉じた小説の表紙を見つめた。
こんなとき、小説の主人公なら、どんな言葉を口にするだろう。物語のように、タイミングよく誰かがやって来たりしないだろうか。
彼とふたりきり。居心地がいいとは言えない。
何故なら、彼は。
「前に、見かけました。……バイクに乗ってるところ、を」
わたしとは違う。別世界にいる。



