下校時に混み合う昇降口が苦手だった。だから、いつも時間をずらして帰る。
 そのことを、彼が知るはずがない。

 そろそろと手を伸ばし、傘を受け取る。
 このためだけに来たのだろうか。わたしが出てくるのを、ずっと待っていたのだろうか。

「いつから……?」
「………」

 彼の、薄茶色の瞳がわたしを捉える。
 傘を貸した日に、彼に向けて書いた点線が、うっすらと線になって。繋がってしまうんじゃないかと思った。
 急に心臓の動きが速くなる。指先がビリビリと震え出した。

「もしかして、ずっと…?」
「………」

 それじゃあ、なんて言わない。彼は踵を返し、行ってしまう。

「あ、ありがとう…っ」

 慌ててお礼を言ったけれど、彼に届いたかどうかはわからない。

 ……どうしよう。

 頭の中は、その言葉で溢れてる。
 手元に傘が戻ってきたのに、嬉しいというよりも、申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。
 心臓が、ぎゅうっと握りつぶされたみたいに痛い。

 透明な傘の向こう側。
 彼の、水分の抜けた金色から、目が離せなかった。