◇◇◇◇◇



「傘は?」
「………ぇ、」
「傘。持ってんのかって、訊いてんの」
「………ぁ、」

 堕ちてくる雨粒に向かって息を吐き出したときだった。
 左を向くと、心臓がドクンと跳ねる。
 同じクラスの男子に、話しかけられてしまった。

「……あ、ります、…けど」
「ふぅん」
「………、」

 傘の柄を持つ右手に、自然と力が入る。
 視線を落としてわたしの傘を確認した彼は、体の向きを変え、一歩、二歩と遠ざかっていく。
 ホッと、胸を撫で下ろしたのも束の間。彼を視界の隅に置くと、心臓がドクドクと脈打ちはじめた。
 舌打ちと、それに被せるように吐き出した息。彼の産み出す音は、雨音よりも不快に響く。

 さっさと帰ろう…。

 ネームボタンを外し、傘をひらきかけたのだけれど。わたしの手は、ぴたりと動きを止めてしまった。
 傘立ての前で、彼が不審な動きをしていたからだ。

「や…っ、柳田(やなぎだ)くん」

 思いきって彼の名前を口にすると、一本の傘を手にした彼の、薄茶色の瞳がゆっくりとこちらに向けられる。

「なに?」
「……ぁ、……あの、」