◇◇◇◇◇
あぁ、降ってきた。
灰色の空から落ちてくる雨粒を、幾つか目で追う。自然とこぼれ落ちた息に深い意味はない。雨が降ることは知っていたし、このあとに予定は入れていない。まっすぐ家に帰るだけだ。
「傘は?」
「………えっ?」
突然の声に驚き、顔を左に向ける。
「傘。持ってんのかって、訊いてんの」
「………ぁ、」
心臓がドクンと跳ねる。傘の柄を持つ右手に力が入る。慌てたわたしは、咄嗟に視線の先を自分のつま先に移した。
話しかけられてしまった。目を合わせてしまった。
同じクラスの、男子と。傘を持っているかどうか、そんな些細な会話をするような仲ではない。ほんとうに、ただのクラスメイトだ。
「……あ、り…ます、」
わたしの持つ傘の存在に気づかなかったのだろうか。
緊張のせいか、のどの奥がぴたりとくっついてしまった。ケホッと小さく咳払いをすれば、彼の、ふぅん、というなんとも短い言葉が耳に滑り込んでくる。
「やばーい。傘持ってきてないよ」
「あたし持ってる」
揃いのトレーニングウエアを着た女子生徒たちが外から避難してくると、静かだった空間があっという間に騒がしくなる。
彼が、一歩、二歩と遠ざかっていく。
帰るなら今、このタイミングだ。
ネームボタンを外し、傘をひらきかけたはずのわたしの手が、ぴたりと動きを止めた。
こっそりと視界の隅に置いていた彼が、傘立ての前で不審な動きをしているからだ。
舌打ちと、それに被せるように吐き出した息。彼の産み出す音は、雨音よりも不快に響く。
あぁ、降ってきた。
灰色の空から落ちてくる雨粒を、幾つか目で追う。自然とこぼれ落ちた息に深い意味はない。雨が降ることは知っていたし、このあとに予定は入れていない。まっすぐ家に帰るだけだ。
「傘は?」
「………えっ?」
突然の声に驚き、顔を左に向ける。
「傘。持ってんのかって、訊いてんの」
「………ぁ、」
心臓がドクンと跳ねる。傘の柄を持つ右手に力が入る。慌てたわたしは、咄嗟に視線の先を自分のつま先に移した。
話しかけられてしまった。目を合わせてしまった。
同じクラスの、男子と。傘を持っているかどうか、そんな些細な会話をするような仲ではない。ほんとうに、ただのクラスメイトだ。
「……あ、り…ます、」
わたしの持つ傘の存在に気づかなかったのだろうか。
緊張のせいか、のどの奥がぴたりとくっついてしまった。ケホッと小さく咳払いをすれば、彼の、ふぅん、というなんとも短い言葉が耳に滑り込んでくる。
「やばーい。傘持ってきてないよ」
「あたし持ってる」
揃いのトレーニングウエアを着た女子生徒たちが外から避難してくると、静かだった空間があっという間に騒がしくなる。
彼が、一歩、二歩と遠ざかっていく。
帰るなら今、このタイミングだ。
ネームボタンを外し、傘をひらきかけたはずのわたしの手が、ぴたりと動きを止めた。
こっそりと視界の隅に置いていた彼が、傘立ての前で不審な動きをしているからだ。
舌打ちと、それに被せるように吐き出した息。彼の産み出す音は、雨音よりも不快に響く。



