木陰の坂道を登っていくきみが見えた。
白い日傘を差したきみが、背筋を伸ばし、前を見て、ゆっくりした足どりで坂を登っていく。僕は草刈りの手を休め、そんなきみの清楚な背中を見送る。

坂の麓には大学のキャンパスがある。まだ夏休み中だから人の気配はない。僕は夏の間に伸びた草とか蔓とかを刈り取るアルバイトをしていた。

暑さも和らいできた九月の、平和な昼下がり。耳を澄ましてみても、あれほどうるさかった蝉の声はもう聞こえない。

大学の正門付近にバス停があるから、きっとそこで降りるのだろう。坂を登っていくきみの姿をよく見かける。いつも背中ばかりで顔も見たことがない。

そんな、顔も見たことがないきみに、僕は恋をしてみる。もしも、と想像してみるのだ。もしもきみが僕の恋人だったならと。

告白するどころか話しかける勇気すらないのに、そんな意気地なしの僕の、ただの仮定の、もしもの新しい恋が、今日もあの坂を、ゆっくりゆっくり、登っていく。