授業終わりのチャイムと共に、先生は「今日はここで終わりにしよう」と迅速に片付けて教室を去っていった。
 ふう。危なかった。あと五分授業が長かったら私が当てられていただろう。古文は苦手ではない。しかし、「けり」が「き」に活用するのは卑怯だと思う。形違いすぎじゃんとかそういうことに一々引っ掛かってしまう教科なのだ。
 
「佐藤さんは古文苦手?」

「あ、蓮見君……。苦手ってほどではないけど、得意ではないかな……」

「次の授業は君が一番に指されるけど大丈夫?」

「……んんん」

「軽く教えようか?」

「お願いします……」

 イケメガネの蓮見君は、私のようなモブなクラスメイトにまで気に掛けてくれて本当に優しい人だった。
 すごいイケボだしさ……。私だけ聴くのではもったいない気がする。

「ありがとう! 超わかりやすかった」

 私は次の古文の授業が楽しみになるくらい理解できた。先生よりも蓮見君の方が教えるのが明らかに上手い。
 私はテンションが上がって持っていたペンを床に落としてしまったら、蓮見君が当然のように拾ってくれた。
 ああ、イケメンなのに気取ってなくていい人じゃん……。

「ありがとう」

 蓮見君の手から受け取ろうとしたら、蓮見君は私のペンを持っている手をサッと閉じてから開いた。

「えっ?」

 再び開かれた蓮見君の手には、私のペンがなくなっていたのだ。

「ペンが、消えた……?」

 周囲を見てもペンはない。私のペンはどこ? え? ないよ?

「ははっ、佐藤さんはいい観客だな」

 蓮見君はちょっと得意げに笑ってから、反対の手からペンを返してくれた。

「え? いつそっちの手に? 超能力? 魔法?」

「ただの手品だよ。仕込みもなしだから、これくらい単純なことしかできないけど」

「いやいや、すごいよ! 全然わからなかった!」

 ただの生真面目で勉強のできる性格のいいイケメンってだけではなかったのだ。手品までできるなんて芸達者もいいところだ。くうっ! 女子なんて手のひらの上でいくらでもコロコロ転がせるタイプの男子なのだろうか。
 私も既にコロコロされている気がする。

「おいっ! そこ、制服はしっかり着用しろ」

 クラスの男子たちが、イケ長の東条先輩の真似をている着こなしをしていた。蓮見君はそれを目敏く指摘した。

「はあ? 生徒会長がしてんだしいいだろ。俺よりも、お前の隣の佐藤さんな派手な髪色の方が問題なんじゃねえの?」

 私は、ただのファッション不良の言葉なんかに傷付きたくないのに……。

「佐藤さんは、瞳の色も髪と同じ明るい茶色だから天然だ。そんなことも見抜けないような奴は、あの生徒会長の格好を真似たところでだらしなく見えるだけだぞ」

 蓮見君は淡々と反論をしてくれた。それだけのことなのに、中学時代の毎日泣いていた私が救われたような気がした。

「……それもそうか。俺は暴走族でもねえしな……。普通に戻すよ」

「その方がいい」

 格好付けた男子をも説得してしまったようだ。蓮見君はすごい。
 ただのイケメガネではない。

「蓮見君って外見も中身も格好いいね」

 私が正直に言ったら、「佐藤さんの瞳も髪も綺麗だと思う」とさらりと生真面目そうに言われてしまった。
 お互い深い意味はないってわかっているのに、私は顔がどんどん赤くなるのが自分でもわかってしまった。