うげっ…………。

 思わず変な声が出てしまいそうになるのを、私は必死に堪えた。
 
 ここは野いちご学園高等部の二年B組。
 ホームルームの時間に席替えをしようとか話が出て、くじ引きでサクサク席替えをした。
 今までは教壇の真前だったから、それ以外だったらどこでもいいですから神様お願いしますとか祈ってくじを引いたら、まさかの窓側の一番後ろなんてラノベの主人公席になって神様ありがとう大好き愛してるって気分に浸ったのは、ほんのわずかな時間だけだったみたい。
 そう、隣の席が生真面目で口うるさくてお堅い蓮見直月君だったからだ。
 蓮見君は、女子からはイケメンのメガネ、通称イケメガネと呼ばれて人気がある。男子からもイケメンすぎて嫌われそうな気もするのになかなか人気者みたいだ。
 蓮見君が服装を乱す生徒に口うるさいとかは有名な話で、三年生の生徒会長をやりつつ暴走族の総長なんてやっている東条先輩にまでずけずけと注意している姿を目撃した人は多いだろう。
 東条先輩って女子にキャーキャー言われるとすぐ睨むし舌打ちするし、女嫌いだと言われているけど生物として格上のオーラのある超絶イケメンである。超絶イケメンの生徒会長兼暴走族の総長なので、女子からはイケ長と影で呼ばれていたりする。
 イケメン好きの女子生徒は多いから、イケメガネの蓮見君とイケ長の東条先輩が言い争っている姿に、「眼福」「目の保養」「尊い」「一年の神イケメン高瀬君とアイドルユニット組んでほしい」「ついでに可愛い系イケメンの珠洲島君もそのユニットに入って欲しい。一生推す」とか、もう好き放題言われている。女子生徒たち……あっ、女性の先生たちも含めてだね、あと保護者のお母様方もかな、蓮見君と東条先輩によって幸せになった人は数多いる。
 もはやこの二人のやりとりは、この野いちご学園高等部の名物と言っても過言じゃない。
 イケメン万歳! イケメンは存在するだけで人々を幸せにしてくれるのだ!
 私も「格好いいなぁ」なんて眺めている分にはよかった。

 本当、遠くから見る分にはいいんだけどさ……。

 私もイケメンを眺めるのはかなり好きだけど、服装の乱れ云々言ってくる人は苦手だ。
 私は天然パーマだし地毛がかなり明るい茶髪なのである。
 中学時代は、地毛だと届けを出しているのに面倒な先生に絡まれたり、変な正義感を燃やした生真面目な生徒に目を付けられて罵倒されたりもして不快な思いをし続けた。
 同級生のスウェーデンの血が入っている子は綺麗な金髪なのに、「染めろ」とか「黒髪以外は不良だ」とか誰にも言わなかった。
 どうして私だけ……。
 まあ、下着は白じゃなければ駄目とかポニーテールは破廉恥だから禁止とか、男子の髪はちょっとでも長いとバリカンで刈られたり、ブリーフが絶対正義でトランクスやボクサーパンツは禁止とか、死ぬほど馬鹿みたいなルールがある中学だった。もう何一つ思い出したくない暗黒時代だ……。
 男子の先輩からいきなり髪を掴まれて怒鳴りつけられたのがトラウマになって、半分くらい通ってなかったけどね!
 必死に塾と通信教育で頑張って、この生徒の自主性を尊重してくれると評判の野いちご学園を受験したのだ。
 受かって泣くほど嬉しかった。
 入学してからはずっと楽しい日々を送ってきた。
 だけど、私の中学時代を思い出させてくれそうな蓮見君が隣の席なんて……。
 話をしたこともない相手なのに憂鬱しかないよ……。女子たちからも恨まれそうだし……。

「佐藤さん、隣の席の蓮見だ。よろしく」

 私の憂鬱なんて知るわけもなく、蓮見君はすごく爽やかにピシッと挨拶をしてくれた。
 地味でおとなしい私の苗字を知っているなんて思ってもみなかった。
 
「佐藤です。こちらこそよろしくね」

 蓮見君は私の髪についても何も言ってこなかったし、私の杞憂だったのだろうか。
 いや、警戒は緩めてはならない。私は中学時代のように傷付きたくないのだ。