唇に指を当て、にやりと笑みを浮かべるちゅう秋に、面食らう。……顔が整っているからか、無性に似合っているのが癪に障る。
(どうしてこいつはこうも……)
こういったところが女性には人気らしいが、正直僕には全然わからない。それどころか、うさん臭さが日に日に強くなっているだけだ。
「秘密主義者も度が過ぎると嫌われるぞ」
「男は少しミステリアスな方が女性に好かれるんだよ」
「悪かったな、ガキっぽくて」
ふんっと鼻を鳴らして、僕は茶菓子のせんべいを齧った。どいつもこいつも失礼な奴だ。はあっとため息を吐いて、煎餅を咀嚼する。どこぞの有名店のぬれ煎餅だとかで、染み込んだ美味い醤油の味が口内に広がっていく。――美味しい。本当に。
「それで? 奇妙な出来事はその、レイクズジャンピングフィッシュのせいだとでも言うのかい?」
「そういうことになるね」
頷く彼に「ふぅん」と声を上げる。
(変な名前のくせに結構強いんだな)
僕はぼんやりとそんなことを思いつつ、ぬれ煎餅の旨味に舌鼓を打つ。細かいこと言われたって、僕にはよくわからないのだ。小説のネタになるかなぁと思うくらいで、解決策のひとつも出せやしない。
「そのこと、彼には言ったのか?」
「探偵くんのことかい?」
僕は頷く。彼なら、ちゅう秋の情報を聞いたら喜んで飛び出していくだろうに。
「それこそ、捜査の助けになるだろ」
「そうだと思って、彼には連絡済みだよ」
「さすが」
彼の答えに思わず賞賛の声が出る。乾いた喉に茶を流し込んで、僕はペンを再び手にした。さて、休憩も程々にしなければ。──そう思ったのも束の間。ちゅう秋の声に、僕は手を止めざるを得なかった。
「でも、天使を降ろすには生贄が必要になるはずだ」
「……生贄?」
「そう」
天使という高位の存在を呼ぶには、それ相応の対価が必要になるのだと、ちゅう秋は続ける。
(それってつまり……)
「──生贄になった人物がいるってこと?」
「人なのか、それとも動物なのか。俺にもまだ分からないけど」
「その可能性は高いと思うよ」と、彼は軽い声色とは逆に神妙な顔つきでそう告げる。……もし、動物でなく人が生贄になっているとしたら。それはとてつもなく大問題なのでは無いだろうか。冷や汗が流れるのを感じながら、僕はちゅう秋の言葉を待つ。何となく、彼ならこの出来事をどうにか収めてくれるような気がしたから。