「女性はそういう時、何をするかわからないからな。やっていたとしても不思議じゃない」
「先輩詳しいっすね。……まさかそういう経験が⁉」
「ない! ないけど!」
「でもっ、よくあるだろ!」と顔を真っ赤にする彼。実体験ではないけど、どうやらどこかで見た覚えがあるのだろう。それかどこかで聞いた話か、もしくは彼の好きな小説や雑誌に書いてあったのかもしれない。
「……」
「……先輩?」
「……昔、ちゅう秋が彼女と付き合いたての時に一回、浮気を疑われたことがあるんだけど」
(彼女って……確か“妻”と公言している人だよな)
先輩の言葉に、ふと彼等と初めて会った時のことを思い出す。ちゅう秋の隣、半歩後ろで凛として立つ女性は、まるで“良妻”と言わんばかりの雰囲気を持っていた。しかし、自分を押し殺しているのかと思えば、そうでもなく。彼女の威圧感のある強者の笑みは、『触らぬ神に祟りなし』を本能的に感じ取った。それが彼女の魅力なのかは俺にはわからないが、それでもちゅう秋と仲が良かった記憶はある。
「彼女がどうかしたんすか?」
「まあ……あの人、怒った時に夜中にちゅう秋の部屋の扉に満遍なく五寸釘を打ち付けたらしくて」
「げっ」
「しかもほぼ毎日来ていたらしい」
「まい、にち……」
彼の言葉に、その光景を想像して絶句する。……五寸釘といえば、藁人形と呪いたい人間の写真を一緒に神社の木に打ち付ける、呪いの一種だったはず。それがなぜ、神社ではなく家の、しかも本人の部屋の扉に打ち付けているのか。その感性も想像力も凄いが、何より凄いのはそれを実行に移す度胸と行動力が凄い。
「も、もしかして藁人形も一緒か?」
「勿論」
「……俺、一生あの人は怒らせないようにする」
「それが賢明だよ」
苦く笑みを零す彼を横目に冷や汗を流れる背中を摩る。少しだけマシになったような気がしたが、やはり女性は怖いという事はよくわかった。
それから、俺たちは情報を整理するように話しながら帰路を歩く。とはいっても、ほとんどが先輩の問いに俺が情報を纏め、返事をする感じだけれど。
(案外頼りないんだよな、この人)
特に、記憶力が著しく低い。その上、口下手で人を頼らないからよくわからないまま一人で空回るし、人を信じないから会話や思考が周囲とすれ違っていることが目に見えてわかる。彼はいつも俺が無茶しているというが、こっちからすれば先輩の方がよっぽど無茶をしているように見える。
(まあ、危険度は段違いだがな!)