音楽室に行く。

今日は全体練習は無い。

パート練習だけだ。

ということは、同じパートの菜々とずっと話が出来る。

直近でコンクールも無ければ、発表会も無い。

他のパートの子たちも、緊張感も無く、ダラダラと練習している。

しかし、全く音を出さないのは、さすがにヤバいので、楽譜を目の前に置いて楽器は出している。

が、それはそれでやり方はいくらでもある。
楽譜をさらってるフリをすればいい。

こちらから朝の話を振るのは気が引ける。
菜々から話をしてくるのを待つ。

でも菜々はいっこうにその話をしない。

やはり痺れを切らしたのは私だった。

「で、彰くんと何かあった?」

「いきなり何?」
菜々はびっくりしてこちらを向く。

「あ、ごめん」
ついつい謝ってしまった。

「いや、いいんだけどぉ」

恋愛の話って、ましてや自分の恋愛話って他人に聞かせるのはやはり二の足を踏んでしまうらしい。

自分たちで解決したいのか、それとも聞いてもらって相談したいのか、それとも聞いてもらうだけでもいいのか。

「あのさぁ、彰くん、いい人なんだよね。いい人なんだけど」

「うん。私もそう思う」
まずは、聞くだけにしよう。

「私の事、すごく好きみたいだし」

「うん。わかる」

「でもさぁ…」

「うん」

「彰くんってすごく嫉妬というか、ヤキモチっていうか」

「えっ、そうなの?」

「うん。すごく」

「そんなに?」

「そんなに」

「え、例えば?」

「クラスの男子、それが同じ班の男子と話をしてただけでも、今日、あの子と何話してたの?って聞かれる」

「そうなんだ」

「それだけじゃないんだよぉ…」
菜々は、彰くんの話をし始めたと思ったら堰を切ったかのように喋り出す。

よほど溜まっていたのだろう。

「私、なにわ男子の恭平くん好きじゃん」

「うん。知ってる」

「その話をするだけで、機嫌が悪くなるってどう思う?」

「おおっ、アイドルに対抗心なの?」

「そう」

「いやいや、向こうはアイドルだしって言っても…最後には俺とどっちが好き?とか」

「うわっ、マジで」

「ま、自分で言うのも変だけど、私の事、好きっていうのはめちゃくちゃ分かるけどさぁ」

「うん、それとこれとは…だよね」

「そうそう。本当にそう」

「それに、せめて班の男子ぐらいは仕方ないでしょ。どうしても話しなくちゃいけないことあるんだし」

「だよね」

「俺は別に話すなとは言ってない。何を話したのかを知りたいだけって」

「いやいや、それを聞いてどうするつもりなの?彰くんは」

「でしょ」

「あれ?彰くんってそんな人だったんだぁ。なんか小学校の時、同じクラスになった事あったけど、そんな感じじゃなかったけどなぁ」

「それ以外は全然いいんだけどなぁ」

「それ以外?」

「うん。優しいし、格好いいし、頭もいいし、運動神経いいし」

「だよね」

「…」

「菜々はどうしたいの?」

「わかんない」

「そうかぁ」
私はそれまで“聞き”に徹していたが、ちょっとだけ踏み込んでみた。

「ところで、菜々って、彰くんが女の子と話をしていたらどう思うの?」