「では教科書、45ページを開いて……」

化学室で先生が実験の説明をしている。
でも私にはその声が耳に入ってこなかった。
さっきのふたりの姿が頭から離れない。
伊織にしては珍しく、愛想笑いではない笑顔を日葵ちゃんに見せていた。
知り合い? そんなの聞いたことない。
あぁ、でも伊織と結婚したからといってまだ半年ちょっとしかたっていない。私が知らない伊織の方が多いのでは?
二人が繋がりがあったとしても別に不思議ではない。
日葵ちゃんのあの笑顔は気になるけど……。

「真琴ちゃん? 実験始めるよ?」

実験グループの子に声をかけられてハッとする。

「あぁ、うん」

慌てて試験管を手に持ったとき。
パリン!
手元が狂って試験管を床に落としてしまった。

「キャッ」
「真琴! 大丈夫か!?」

他の実験グループにいた伊織が慌てた様子で駆け寄ってくる。
引っ込めた私の手を掴んだ。

「怪我は?」
「大丈夫よ」
「よく見せろ」
「怪我してないから……」
「でも……」
「大丈夫だってば!」

伊織の手を振り払ってから、ハッとする。
伊織が驚いたように私を見ていた。

「あ……、ごめん。でも本当に大丈夫だから……」

気まずくなりつつ笑顔を見せると「そうか、ごめん」と伊織は小さく微笑んで席に戻っていった。
伊織の手を振り払ってしまった。
ハァとため息が出る。
薫が気づかわし気に背中を軽くポンッと叩いた。