俺はソファーのところまでよろよろと歩き、和果奈の向かいに腰を下ろした。


「……どうして俺を殺した?」

和果奈はかっと目を見開いた。

「認知しなかったからに決まってるでしょ」


ああ……

ガキができたって喚いてたな、そういえば……


「なに? なんか文句でもあんの加賀見さん」

「いや……ない」

死んだという実感がまったく湧いてこなかった。

悔恨の情にかられることも、和果奈への憎しみがこみ上げることもなかった。

死んでしまったものは仕方がない。


「ところで……和果奈はどうして死人の俺と話せるんだ?」


「あたしも死んでるからよ」


和果奈は身体を仰け反らせ、勝ち誇るような顔で言った。

「加賀見さんを殺してから後を追ったのよ。ねえ、ユウタ?」


不意に背後から赤ん坊の泣き声が聞こえた。

振り返ると、ベッドの上に赤ん坊が寝ていた。


ずっとそこに居たような気もするし、突然現れたような気もする。


和果奈は立ち上がってベッドのところへ行き、赤ん坊を抱え上げた。

和果奈があやすと赤ん坊はすぐに泣き止んだ。

「ユウタっていうの。可愛いでしょほら」

俺はユウタの顔を覗き込んでみたが、特に感慨が湧くこともなかった。

目元が俺にそっくりな気がしないでもない。


「よかったねえ、ユウタ。これからは親子三人水入らずで暮らしていけるのよ」

和果奈は、慈愛に満ちた優しい眼差しをユウタに向けていた。


今までに一度も見たことがない、

幸せそうな顔だった。



ふむ。

この六〇三号室が新居になるというわけだな……




うんざりだった。



(了)