「お父さん、最近私が来るとなんか嫌そうな顔するのよ、毎日来る必要ない! って言われてるみたい。けど、真希が来てくれると嬉しいみたいねぇ、ほら、今だって少し笑ってるでしょ?」

父を襲った脳出血はかなり重篤な状況だった。生命に危険が及んでいると判断され、すぐに開頭手術が行われた。あのとき、スムーズに救急車で搬送されたこと、病院に執刀できる当直医がいたことが父の命を繋ぎ止めてくれた。けれど救命されたとはいえ、今の父はもう昔の父とは違う。

急性期の頃は、ひたすらぼーっと窓の外を眺め、視力があるのかないのかもわからない父にただ一方通行で話しかけることしかできなかった。けれど、ゆっくり年月を経てほんの少しずつ表情や感情が読み取れるようになってきた。脳医学はいまだに解明されていないことが多く、医者からも「あまり長くはないかもしれません」なんて言われたにもかかわらず再発もなく三年が経とうとしている。

「真希、仕事のほうはどうなの? 忙しいんじゃない?」

「うん。まぁまぁかな。あ、そうだ! あのね――」

相良さんに会ったんだよ。そう言おうとして出かかった言葉を一旦飲み込む。相良さんに再会したことを話したとして、どういう経緯で会ったのかを必然的に話さなければならない。歩道橋の階段で転んで頭を打って、搬送された先の病院で処置してくれたのが相良さんだった。そう言ったらせっかく来たのに「転んで頭を打ったですって? 今すぐ家に帰って寝てなさい!」なんて言われそうだ。