週も終わりかけの木曜日、今週末にはメンバーに振り付けをレクチャーしなければいけないのに別の仕事が立て込んでいて完成させられていない。
忙しくても基本的に弱音は吐きたくないタイプだけど、今回ばかりはかなり焦っている。
今日中に振り作り終わらないと厳しいな。
スタジオを借りようと、事務所の受付に向かう。
「え、どこも空いてない??まじすか?」
「そうなのよ。この時期グループで借りてるとこが多くてね。タレント用スタジオは今日夜まで埋まってる。」
「うわぁ、どうしよ。」
「ちょっと待ってね。あ、一般用スタジオが1部屋使えそう。1人使ってるけど共有でよければ場所はあるみたいよ。加野くんがよければだけど。」
うちの社内で働いている人はみんな無料で施設内の設備を使用できる。
一般用のスタジオはあんまり使われないけど、タレント用とは別に2箇所だけある。そのうちの1箇所が何とか場所を空けてもらえそうだ。
「あ、良かった。助かります!自分で言って許可取ってきます!ありがとうございます!」
タレント用とは別のフロアにあるから初めて行くな。防音ドアを開けると女性が1人ダンスしていた。
「すみません。他のスタジオがどこも空いてなくて...一角を少しお借りできませんか?」
女性は、一瞬固まって、
「あっ、どうぞどうぞ‼︎」
と場所を譲ってくれた。
アイドルがこっちのスタジオに来たからかな。
本当せっかくの1人の時間をお邪魔して申し訳ないわ...
「助かります。ありがとうございます!」
少し離れて端の方の鏡を借りて、新曲の練習をする。途中まではできてるんだけど、なかなかその先が浮かばない。
とりあえずひたすらできてるところまでを何度も通してみる。
はぁぁぁぁ。行き詰まってるなぁ。
焦る焦る...
隣を見るとトレーニングウェアの女性も振りを考えているのか足でカウントをとりながらパターンをいくつか試しているようだ。
体のアイソレーションも良くできていて、しなやかなところもキレもメリハリが凄い。これはダンス上手いやつだ。
経験者から見てもわかるやつ。
そんな次から次に振り出てくるなんて動きのヒントもらいたいな笑
プロの俺がそんなことを思うくらい上手かった。
すると、鏡越しに女性と目があった。
やべ、気付かれた...
「あ、すみません!振り作られてるんですか?すごく良くて気になっちゃって笑」
「そんな!苦手なんですけどね。ありがとうございます!」
それで、苦手だと?今の俺には嫌味にしか聞こえないぞ笑
「あの...加野さん?いつも食堂利用ありがとうございます。」
へ???まって。まじ!!!???
「あ、えっ⁉︎もしかして佐藤さん⁇うわっ全然気付きませんでした!雰囲気違うから...」
キャップであまり顔見えなかったのと髪も下ろしてたし...
何しろダンスレベル高すぎて動きにしか目がいってなかったわ。
こんな幸運なことある?
好きな人と好きなことが一緒って。
「ダンスされるんですね。普通にうますぎて見とれました笑笑」
「いやいや、趣味程度ですよ。加野さんもダンスされるんですね!」
されるも何もこれが仕事なもんで...笑
「あー、まぁそうですね。それなりには笑」
本当この人俺らのこと知らないな...
気付いてもらえないならないでちょっとショックです。
けど、アイドルじゃない加野伊吹を知ってもらえるのは俺にとってプラスかも。