甘い災厄


そしてそれから、あんなことやこんなことをされた。何回も激しく、声が枯れるまで、まつりに美味しく頂かれ――

ては、いない。
「……やっぱ寝る」

まつりは、途中まで襲っておいて、やはり寝ようと、ぼくの上から退いて布団に入った。

「お、おやすみ」
とりあえずそれを見送る。
まつりに性欲があるかは怪しい。本人的には、あまりないらしいから、飽きたらそれまでだ。
だから、好奇心で、さわるだけ。
……どっちかにして欲しい。
まつりになら、何をされてもいいレベルに依存しているぼくだが、さすがに、お預けは堪えるようだ。

案外、だからまつりはそれを強いるのかもしれないけれど。

まつりは、いくつか記憶が欠けている。

だからこそ、より、自分の周囲の人間の、自分への執着を保てていないと、不安になるみたいだ。記憶の一部を、少しでも繋いでおこうと、無意識に必死なのかもしれない。

わざわざそんなことしなくてもぼくは、まつりから離れないというのに、そこまでしていないと、安心できないのだろう。
快楽は依存性がある。
依存性は、まつりにとって安心感なのだ。
わかっている。
ぼくへの感情なんか、ただ、それだけなんだ。

まつりに依存するぼくのことを、まつりは求めている。

あらゆる意味で、まつり無しじゃいられなくなるのを、待っている。

さわられるのに慣れるまでの数年は、ぼくのために待ってくれたのだから、まつりにしてはようやく、なのかもしれない。更に更に、求めて欲しいのだと、わかる。

破格なこととか言って。まつりは結局、ぼくの、まつりにされるがままな変わりようが気に入ってしまったらしい。
でも、それにこたえて、甘やかしたいぼくは、異様だろうか。
でも、まあぼくらは最初から、狂ってる。

 中途半端に熱くなった身体のまま、まつりの隣にすべり込む。生理現象でドキドキ高鳴る心臓がうるさい。
ぼんやりしたまま、一人でこのまま処理して寝ようと、立ち上がろうとするも、まつりが抱きついて阻害する。
……どうしろと。












「にゃにゃとー」

むにゃむにゃ。
おねむなまつり様はすっかり幼児返りしてしまったみたいに、舌足らずにぼくを呼んで、腕を絡めてくる。

首筋に吐息がかかって、軽くパニックになる。
背筋を冷たい汗がつたるし、指先は熱い。
ドキドキという心臓の鼓動が伝わりそうだ。
あ、これはまつりにときめいてるんじゃなくて、その……生理現象なアレが……やばいから焦ってる。

「まつりのばか、変態、最悪……」

悪態をついてみるが、気分は収まらない。
まつりは寝ぼけてぼくの肩を、あまがみする。
さっき脱がされかけていたから、服ははだけており、いくらか露出していた。
「ちょ、っと」

びくっと震えてしまう。腕が腰に絡み付く。

「まつり、あの、離して」
最悪だ。
まつりは寝てるのに。
変な声が出そうになる。なんでこんな目にあってるんだろう。


こんな、ところで。
布団の中でなんか、嫌だ。
「うぅ……」

熱だけが高まるのがつらい。まつりを押し退けてしまいたいが、体勢が変わるちょっとの振動さえつらい。
シーツを握りしめていると、まつりが、何か気づいたように、がばっと起き上がる。

「ななと?」

「まつり……」

よかった、助かった。
まつりの体が退いて、少しほっとする。半泣きなぼくを見て、まつりは何か思い出したらしい。

「ごめんごめん……寝ちゃってたよ」

そう言って、改めてぼくを押し倒す。

「お預けはつらかったかな?」
「…………」
ぼくは何も答えずに俯いていた。まつりに目を合わせられない。

やけに、耳が熱かった。














翌朝。

「ななと、あーん」

まつりが、ベッドでうつ伏せているぼくに、おにぎりを差し出したのを見て目が覚める。
しかし寝ながらじゃ食べにくい。起きて自分で食べると言うと、まつりははーい、と言って近くの机に置いた。

……にしても、今回はまったく謎解きとか出てこないなあ。いつも事件ばっかだったから、ちょっと新鮮だよ。
ゆるゆると起き上がり、まつりの方を向く。

寝癖でぴょんと跳ねた髪をしたまつりは、いつものつぶらな目で、ぼくにおはよー、と笑った。

「早起きだな」

ベッドの上のデジタル時計はまだ、朝5時だった。

「えへへ……なんか、新婚さんみたいだね。わーい」
 きゃっきゃっと、嬉しそうに無邪気に笑うまつりは、すでに服を着替えており、そう言いながらもほっぺたにチョコレートをまみれさせて、昨日買って冷蔵庫に入れていた、エクレアを食べている。
もしかしてお腹が空いて起きたんだろうか。

「……ついてるぞ?」

ぼくが頬の辺りを指差すと、目があった。

そして逆に引き寄せられる。
「え?」

驚いていたら、そのままの流れで口付けられた。
「……ん」

まつりは、何も言わない。

無表情のまつりに、口の中をぺろぺろと、舐めるようにされる。
甘い。
……めちゃくちゃ甘い。カスタードの味。
と、まつりの舌。
変な気分。
べつに、その嫌、ってわけじゃ、ないけどさ。
いきなり。だから。

少しして、唇を離されて必死に呼吸をする。
頬に、チョコがついたような。まあいいや。

「っは……な、な、な、なに……?」

まつりは、楽しそうにぼくを見て言った。
質問には答えずに。

「夏々都、今日起きれる?」
「そこまで、されてない」
 淡々と答えると、そいつは、にやーっと笑って、ポケットから3枚、紙を取り出す。
こちらからは裏側しか見えないが、インスタントカメラの写真ってことは、よくわかった。

「えへへ……」

とろけた顔でそれを眺めて、まつりは嬉しそう。
「そっかー、昨日、『もう無理』とか言ってたのは嘘だったわけか……! だったら次からは」

「そ、そ、そ、それは!」
ぼくがあわあわと慌てながら写真に手を伸ばすが、まつりはひょい、と避けて、上着のポケットにしまう。

「夏々都は可愛いな」

「まつりの方が可愛いよ」
ぼくが真顔で言うと、まつりはむむ、と唇を尖らせる。

「まつりは大人だ。だから可愛いなんて似合わない」
「いや……まあ、お前が大人ってのは十分理解してるが」

昨日の行為を思い出しながら、顔を見られないように俯いて言うと、まつりはふふふと笑った。
まつりは大人。
いかん、思い出したら身体がまた疼いてくる。
 まさか変態になってしまったのだろうか。恥ずかしい。

「夏々都、どうかした?」
ぼくがまつりから目を逸らしていると、まつりは少しして、こちらを覗き込んできた。

 まつりに依存しているとぼくが認めてからというもの、行為ひとつひとつが特別なもののように感じられてきた。
ぼくの依存の不安感を、まつりの依存に埋めてもらえるのが幸せだ。
 壊れるくらいに激しく愛されたい。まつりにされるがままにされて、そうしたら、そのぶんまつりを甘やかしてやれるのだろうか。まつりの支配欲を埋めてやれたら、まつりはぼくにもっと依存するんだろうか。

それがぼくにしか出来ないなら嬉しい。
まつりのためなら、なんだって受け入れたい。

しかし。
あー、なんて狂ってるんだろう。ぼくらは。
こんな醜い感情が、恋、で済むはずはない。
もっと即物的。
もっと現実的。
かなり機械的。
とても利己主義的。
だから。
愛とか、情とか、そんなんじゃ収まらない。

ぼくだけを。
ぼくだけを。
ぼくだけを。
ぼくだけを。

「なん、でもない」

ぼくが曖昧に答えるのと同時に、まつりは、あっとひらめいたように言う。
「隣か上下の部屋には聞こえたかもしれないね」

「…………」
その閃きは、残念ながら、今回ぼくの心配とは違っていた。
って言うか。

「え、声出てた?」

「うん」

まつりはにこっと笑った。ぼくはさぁっと青ざめる。
「頑張って堪えてたんだけど、たまにね」

たまに……

「出るとき鍵返しにいくのつらい」

「大丈夫、何食わぬ顔をしていればいい。ちなみに、普通のホテルに食堂がついているのは、ああいった専門ホテルと目的を異にすることを、強調しているらしいよ」

まつりは平然としているが、ぼくはそんな知識はどうでもいい。
とにかく気にしないように、と自分を慰める。






「すごく感じていたね。やっぱり若いからかな?」

まつりがにやにやしながら言うので、ぼくは俯いて、枕を見つめる。

「恥ずかしい……」

まつりは何歳なのだろう。性欲があまりないくせに、なんでこういう知識はあるんだ。

「ほら、番外編はなんでもありってスタンスだから。濃厚な絡みを大幅カットされてるだけでもまだ、慰めに」

「なるような、ならないような……」

ぼくは落ちこんでくる。大体、最初はまつりがこういう役だったはずなんだ。まつりの方がかわいいはずだし。
どこから間違った。

「まつりは、女の子じゃないからね」

まつりは得意げに言う。
「ぼくも女の子じゃないんですけどー」

ぼくは不満げに言う。

「……あまり性欲が無いから、だから怖いんだよ」

まつりは、寂しそうに言った。

「え?」

怖い?
まつりは、真顔になって言う。

「夏々都にはある。だから、いつかは、まつりをそういう風に見るようになるんじゃないか。そう考えたときに手を打つ必要を感じた――怖かったんだ。成長期で夏々都が変わっていくのが」

まつりのからだは、ある意味では成長しない。子孫も作れない。
でも、ぼくは違う。
だから変わっていくのが怖かった。

 まつりを、そういう目で見て、そういう風に考えるようになったって、まつりはそれを受け入れることさえ不可能だ。
あの時期、あいつなりに、悩んでいたらしい。

 ぼくに相談するわけにもいかないだろうし、まつりの身体のことは、誰も力になれないことだ。だから。
怖かったのか。

「……でも、ぼくだって理性があるよ」

ぼくは言う。
まつりは、そうだよね、と寂しそうな目をした。
「羨ましかったの、かも」
「え?」

「なんでもないよ」

まつりは、どこか泣きそうに、くしゃっと顔を歪めて笑った。