「もう!東京で頑張るって決めたんだから、過去に囚われてちゃダメ!」

自分で自分を叱り、立ち上がる。過去は消えることはない。だが、それを引きずっていてはいつまでも前に進めない。これではいけないと思い、五月はこの街に来たのだ。

グレーのスーツを着て、パンとフルーツを食べ、顔を洗って歯磨きも済ませると、メイクに取り掛かる。ベッドと同じく白いドレッサーに並べられたメイク道具は、今日から五月が働く会社が作ったものだ。

「よし、いい感じ!」

淡いピンクのリップグロスを唇に塗り、かばんを手に家を出る。これから新しい日々が始まるのだ。だが、そこには自分で決めたあるルールがある。

電車に揺られながら、五月はそっと傷痕のある場所に触れる。そして、心の中で呟く。

(もう誰とも恋愛をしちゃダメ)

電車の窓に映った五月の目は、その強い意志が宿っていた。



五月が働くことになった株式会社Koikawaは、新宿に本社があり、他府県に子会社がいくつかある。化粧品を扱っている会社の中でも、今急成長を遂げていることで注目を集めている。