吉田君は夕日から私に視線を移した。

「望月が手を挙げたから」
「え?」
「望月が保健委員やるって言ってたから俺もなった」

 息を吸った時、秋の風が吹いた。金木犀の香りが私たちを包む。風の音も聞こえなくなって、2人だけの世界に入り込んだ感覚に陥る。薄茶色の瞳から目が離せない。

 近くで電車の到着メロディーが聞こえた。

「望月は2番乗り場? 俺3番乗り場だからここで。また明日な」
「あ、うん、また明日」

 かろうじて挨拶だけ返して、吉田君の背中を見送る。改札を通り、彼が見えなくなったところで、私は自分の口元を両手で覆った。本当は叫びたい。誰もいない山の上で言葉にならない言葉を叫びたい衝動に駆られて足踏みした。

『望月が保健委員やるって言ったから俺もなった』

 それは一体どういう意味だろう。自惚れてもいいのかどうか分からない。

 もし私が図書委員やるって言ったら吉田君も図書委員になったの? 美化委員だったら?
 いや、そもそも委員会に入ってなかったら吉田君とこうして放課後一緒に残ったりしてなかった訳で。

 ……初めて自分を褒めたいと思った。