ブラウスとタイトスカートを脱ぎ捨て、学生時代に着ていたえんじ色のジャージズボンと浅草で買った富士山と漢字で書かれた面白Tシャツに着替え、顔をバシャバシャと洗ってメイクも落とし、度の強い眼鏡をかければ、完全にオフな私に戻る。

長い髪は黒いゴムで後ろ一本に結わく。

鏡を見ると、きっと化粧を落としたからであろう、薄い顔がさらに薄くなっている。

キッチンで即席の味噌ラーメンと、昨日の残りの豆腐で冷奴をササッと手早く作る。

豆腐の上にネギとショウガを乗せ、冷蔵庫からキンキンに冷えた発泡酒を取り出す。

低い折り畳み式テーブルにささやかな晩餐の品を乗せ、手を合わせて頂きますと軽くお辞儀をして、プルタブを開け発泡酒をグイッと喉に流し込んだ。

「ぷは~。生き返ったぁ。」

テレビを付けると昨夜とはまた別の動物番組が放送していた。

「わ~。今日はキリン特集だ~!」

私はそうはしゃいだ声をあげる。

自宅での私は職場でのウスイサチとはだいぶ違う。

一人のときの私は、けっこう陽気だし、元気だし、鼻歌も歌う。

家に帰れば「ウスイサチ」ではなく「臼井ちさ」に戻るのだ。

別に私の生まれ育ちは、まったくもって幸薄いものではない。

実家の両親、弟は健在だし、病気など子供の頃から無縁な健康体だ。

決して裕福な家とは言えないけれど、お小遣いも誕生日やクリスマスのプレゼントも毎年貰えていたし、少なくとも私は家がお金に困っていると思ったことはない。

どちらかといえば幸せな環境で育ってきたと思う。

けれどそんな私の唯一にして最大の幸薄い点は・・・それはどうしようもなく「男運が悪い」ことだ。



高校時代に初めて付き合った初恋の彼は、爽やかなクラスの人気者だった。

初カレが出来た私は舞い上がってしまい、お弁当を作ってみたり、彼のサッカー部の試合を応援に行ったり、彼女として出来る限り尽くした。

彼の言う事はなんでも従った。

けれど一年後、教室の窓辺で夕日を見ながら「他に好きな子が出来た」と告げられた。

「私の何が駄目だったの?私、悪い所があったら直すから・・・。」と私は未練がましく彼を引き留めた。

そんな私に彼は「そういう卑屈なところが嫌なんだ。」と言った。

その彼が私の次に付き合った子は、私とは正反対の真夏の太陽みたいなクラスの一軍女子だった。

その後しばらくは、だったらどうして私と付き合ったの?と悶々と考える日々を送った。

後々まで引きずる悲しい恋だった。



大学生になり、合コンで知り合って付き合うことになった美容師の彼は、ちょっとチャラかったけれど、天真爛漫で人懐こくて、自分とは正反対なところにどんどん惹かれていった。

けれどすぐに、彼には私の他にも女がいることが判明した。

女というか、奥さん・・・配偶者がいたのだ。

告白してきたのは彼の方からなのに、何故か私が略奪者扱いされ、奥さんからは「末代まで呪ってやる」と脅され、危うく慰謝料まで取られそうになった。

彼と私がまだそういう関係ではないことを何度も説明し、二度とその彼と連絡を取らないと一筆書かせられ、そして・・・きっぱりと別れた。

きっともう一生会うことはないだろう。

残ったものはなんとも言えない理不尽な思いと、やり切れない苦い恋の欠片だけ。