眠気覚ましのコーヒーを作りに給湯室へ向かうと、タイミング悪く先客がいた。

徴収課の男性職員、本木さんと森園さんだ。

早く出て行ってくれないかな、と入口近くで待っていると、二人は所内の女子職員の品定めを話し始めた。

「彼女にするならやっぱり吉木美沙でしょ。どうせならああいう華やかな美人を連れて歩きたいね。横にいる女のレベルで男のステータスも上がるってもんだろ?」

「僕は一課の加奈子ちゃんがいいな。明るくて元気で話しやすいし。」

「あーわかる!やっぱり女は愛嬌がないとな。」

・・・これ、聞いてちゃダメなやつだ。

そこから急いで離れようと思った瞬間、案の定自分のあだ名が耳に入ってきた。

「ウスイサチちゃんは?」

「あ~。ウスイサチね。俺、ああいう暗い女はちょっと無理だわ。」

「たしかに!話しかけてもハイかありがとうございます、しか言わないもんな。影も薄いし・・・あ、だからウスイサチなんだっけ?ハハハッ」

「でもさ・・・」

森園さんが下品な薄笑いを響かせながら言った。

「ああいう大人しい女ほどベッドではエロいっていうし、身体だけの関係だったら付き合ってやってもいいかも。」



は?・・・・最低!頼まれたって森園さんなんかと付き合う訳ない!

大体、森園さんと付き合いたい女子職員なんてひとりもいないからね!

女子は森園さんのこと、陰で「エロハゲ男」と呼んでいるんだからね!

私は森園さんの後退しつつある前髪の生え際を思い浮かべながら、心でそう罵倒した。

踵を返して自席に戻ろうとすると、二人の口から聞き捨てならないワードが飛び出し、私はピタリとその足を止め、ふたたび耳を澄ませた。

「そう言えば和木坂課長さ・・・給付課の水口麗奈をフッたらしいよ。もったいなくね?」

「水口さん、いい線いってるのにな。何が不満なんだろ。」

「あの噂、本当だったりして。」

「え?あの噂って?」

「和木坂課長が『アレ』だって話だよ。」

「・・・ああ。『アレ』ね。」

「じゃあプライベートじゃ『アレ』な恋人がいるのかもな。」

「ふふふっ。じゃあ俺、水口さん、狙っちゃおうかな~。」

「おい!抜け駆けはナシだぞ!」




そう言いながら本木さんと森園さんが給湯室から出て来たので、私はさりげなくカウンター窓口のパンフレットを読むふりをしてやり過ごした。

そしてすかさず給湯室に入り、マグカップにミルク多めのコーヒーを作りながらも、私の頭の中は『アレ』とは何かということでいっぱいだった。

『アレ』ってなに???何なの???

そしていくら考えても、そこに当てはまる言葉はひとつしか思い浮かばなかった。

アレ=ゲイ

うん・・・・・これしかない。

だからあの美人な吉木美沙や、性格が良くて可愛い水口麗奈をフることが出来るのだ。

それに女性に冷たい「氷結」な原因も、男が恋愛対象ならば納得出来る。

私はそういう嗜好の人間に偏見はない。

BL漫画だって嫌いじゃない。

けれど、憧れの和木坂課長がソッチの人だったということに、大きなショックを受けていた。

「最初から私なんかが手に届く人じゃないってことはわかっていたけどさ・・・」

すでに性別からして対象外だったってことか。

私はミルクコーヒーを持ったまま、自席に戻り、ふたたび遠くの席で書類に目を通している和木坂課長をチラ見し、大きく肩を落とした。