彼はB専?!

そうこうしているうちに、和木坂課長はかなり酔ってしまい、とうとうカウンターに突っ伏してしまった。

そして突っ伏したまま、顔を私の方へ向け、子犬のような目でこう尋ねた。

「ね。臼井さん。どう思う?」

「どうって・・・。」

「彼女、ミチルちゃん、俺のことどう思っていると思う?」

「も、もちろん・・・課長のことを憎からず思っていると思いますよ?そうじゃなかったら連絡先の交換なんてしないと思います。」

「そう?俺のこと、好きだと思う?」

「・・・好きですよ。きっと。」

私は和木坂課長を励ますように言った。

こんなぐだぐだな和木坂課長も可愛い・・・。

しかし、和木坂課長はそんな私の想いも知らず、とんでもないことを言い出した。

「ミチルちゃん何してるんだろ。・・・今、ここで電話してみようかな?」

和木坂課長はおもむろに、背広のポケットからスマホを取り出した。

「それはちょっと!!」

「え?・・・臼井さん、どうしたんだ?」

和木坂課長が私の顔を怪訝そうに見た。

その目が座っている。

「もう遅いし・・・もしかしたら寝ているかもしれないし、止めた方がいいと思います。睡眠にはゴールデンタイムというものがあって、美容にとても大切なものなんですよ?」

しかし和木坂課長の耳には、私の助言など全く入っていないようだった。

「ん・・・声聞くだけだから・・・ごめん、ちょっと席はずす。」

そうつぶやき、和木坂課長は席を立ち、店の外へ出ていった。

「え?ちょ、嘘でしょ?!」

私はスマホを片手に握りしめ、店内のトイレへ駆け込んだ。

トイレの個室に入ったと同時に、スマホの着信音が鳴り響く。

どうする?

無視する?

ええい。出てしまえ!

私は通話ボタンを押し、コホンと咳をした。

『もしもし』

『あ、ミチルちゃん?俺、和木坂だけど』

『あ、あ~、和木坂さん?こんばんは!どうしたんですか?』

『ごめんな。こんな遅くに電話しちゃって。残業、お疲れ様。』

さっきまで酔いつぶれていたとは思えない、落ち着いた優しい声音。

臼井ちさに見せていた子供みたいな情けない姿とは打って変わって、余裕ある大人の対応。

『和木坂課・・・さんも、お疲れ様です。今日はドタキャンしてごめんなさい。』

『気にしないでいいよ。仕事じゃ仕方ないし。』

『・・・・・・。』

『でも、声だけ聞きたくてさ。』

『・・・・・っ。』

『今度、会えるの楽しみにしてる。じゃ、おやすみ。』

『はい。おやすみなさい。』

こうして短い通話はぷつりと切れた。

和木坂課長・・・ほんとのほんとに幸田ミチルのことが好きなんだ・・・この想いを私は踏みにじることが出来るの?

私が席に戻ると、和木坂課長は嬉しそうな顔でスマホをみつめていた。

「・・・どうでした?ミチルさん。」

私ってば、知ってるくせに。

「うん。ちゃんと家に居たよ。もしかしたら他の男と会っているんじゃないかって思ってたから安心した。」

幸田ミチルがそんなにモテるわけないのに。

「好きなら、ちゃんと信じてあげなきゃ駄目ですよ?」

「ははっ。そうだな。」

「あの・・・和木坂課長に聞いてみたいことがあったんですけど。」

「なに?」

私はここぞとばかりの質問を和木坂課長に問いかけた。

「課長は・・・女性芸能人で、誰がタイプですか?」

本当に和木坂課長はB専なの?

「え?そんなこと聞いてどうすんの?」

「あ・・・えっと・・・どんな女性タレントがいま人気なのかなって・・・。」

「うーん。そうだな・・・」

和木坂課長は少し考えあぐねたあと、軽い調子で言った。

「昔好きだったのは、綾瀬はるか・・・かな?あと長沢まさみ。」

「あっ、そうなんですね?!」

・・・普通に可愛い女優さんが好きなのね。

てっきりブサイクで売ってる女芸人の名前とかを出すのかと思ったのに。

ていうかもしかして「世界の中心で、愛をさけぶ」が好きなだけなんじゃ・・・。

「臼井さんは誰のファンなの?」

「私ですか?」

興味ないくせに、一応聞いてくれるんだ。

「私は・・・要潤さんです。」

「ふーん。奇遇だな。俺の名前も要って言うんだよ?」

そんなこと知ってる。

だから好きになったの。

なのに和木坂課長はまったく興味なさげに、大あくびをした。

「もう遅いから帰ろうか。タクシーで送るよ。」

和木坂課長は腕時計を見ると、カウンターチェアから降りた。

「大丈夫です。まだ電車ありますし。」

「いいから送らせて。」

そう言って和木坂課長は、私の頭に軽く手を置いた。

和木坂課長は幸田ミチルが好き。

それでも臼井ちさとして、和木坂課長に近づけたことが嬉しかった。