次の朝、12階層に降ってすぐ、私は背筋が凍る思いをした。
12階層に足を付けた瞬間、身体の中を私以外の魔力が走ったのだ。
——スキャンされてる!
咄嗟に抵抗しようとしたが、あえて止める。目を閉じて、肩の力を抜く。
ここの主人は、私の『何か』を知りたがっている。
このまま進もうとしても、入り口に帰されるなら。
私の全てを、この盤上に乗せる。
記憶でも考えでも、好きなだけ探るがいい。
そう思って、全ての抵抗を止める。
すると、くすくす笑う少年の声がした。
『腹が据わってるね、マーガレット。
うん、もう終わった。
僕たちだけ情報を貰うのも難だから、君が聞きたいことに答えようか』
ゆっくりと目を開けると、そこは懐かしい場所。
——前世でお気に入りだった。
美しい夜景を見下ろす、うちの会社が入った雑居ビルの屋上に、私はいた。
『ちょっとしたプレゼントさ。
気に入って貰えた?』
振り向くと、綺麗な金色と、銀色の竜。
優しい眼差しと、好奇心に煌めく眼差し。
「ええ、ありがとう。
久しぶりに見たわ。やっぱり綺麗」
私は、竜たちに微笑みかける。
竜たちも、微笑み返してくれたような気がした。
そして、さっきより少し低い、少年の声。
『まず、君の疑問に答えよう。
君が察していたように、このダンジョンには目的がある。
君たちの呼ぶ”破魅の宝玉”、僕たちは”ギフトブレイカー”と呼んでいる宝珠を渡すべき人間を見定めることだよ』
——ああ、成る程。だからか。
「私が『破魅の宝玉』を本気で求めていたから、幻覚は必要なかったのね」
低い方の少年の声が、続けて話す。
『察しが良いね。正解だよ。
数多の困難を乗り越えてでも、この宝珠を求めるような人間しか、”ここ”には必要ないからね。
君は、人を使って取りに来れる立場の人間だ。
でも、自分で来た。
まず、そこでも本気度が窺える』
ふぅ、と私は息を吐いた。
第一段階は、合格らしい。
『次は、「何故、宝珠を求めるか」。
その理由も、先刻探らせてもらった。
複雑な関係の義妹を、本気で救いたいと思ってる。
何故か、聞いても?」
竜たちが、私を見つめているような気配がする。
分かっているだろうに、あえて言葉にさせる。
——これは、テストだ。
「あの子に、孤独でいて欲しくないから。
”私が”、嫌なの。
優しくて、人懐っこい、人が大好きな子を、独りでいさせたくないの。
幸せでいて欲しいの。
綺麗事の理屈なんてのは無くて、ただ、それだけ」
正直に答える。
正解かどうかは分からない。
でも、正直でありたいと思った。
私が彼らを正面から見つめていると、竜たちが、ゆっくり目を閉じた。
しゃららん、しゃん、しゃらんと鈴のような音がする。
話し合っているのかな。
暫くすると、少し高い、少年の声。
『僕たちの役目は、宝珠を持つべき人間に渡すこと。
——君に渡してもいいよ。
心の底から欲し、私利私欲で使うことを考えていない君には、その資格がある』
フワッと、目の前にソフトボール大の、虹色に光る珠が出現する。
……なんて美しいの。
私が見惚れていると、低い声の方の竜は更に言葉を継いだ。
『この宝珠は、このままで1回だけ使える。
つまり、一人だけ助けられる。
——でも、君の望みは違うよね?』



