——熱烈なプロポーズに、一瞬心が揺れる。


でも、何もなかったことに出来るほど、私の傷は浅くない。
少なくとも、魅了を跳ね除けて欲しいと思う程度には、私はエドウィン様に『想い』があったのだ。


何と答えようか迷っていると、先にエドウィン様が口を開いた。
その表情は、必死の懇願に強張って。

「いい返事が出来ないって、分かってるよ。

私のしたことが、どれだけ君を傷つけて、どれだけ私への信頼を失ったか分からないほど、想像力がない訳じゃない。

だから、君の信頼を回復するために努力をすることを、どうか認めて貰えないだろうか」

私の両手を取り、そこに額を押し付けて、エドウィン様は続けた。

「厚かましいのは分かってるけど、どうか、私に挽回する機会を貰えないだろうか」

——ミクのせいにしなかったことは、評価しておこう。
一応、エドウィン様も被害者だしね。
あれだけ精神的・肉体的に打ちひしがれていた訳だし、自らに罰も与えている。

だから——真剣な訴えに、応えてみようか。


「……わかりましたわ。幼馴染のよしみで、機会を差し上げます。

私は、具体的に何をすればよろしいの?」

ちょっと戯けて、私は答えた。
立ち直る兆しを見せている人を追い詰めるのも難だしね。

エドウィン様は、あからさまにホッとした様子で、私を見上げた。

「時々、会いに行かせて欲しい。
会わないと、何もできないから」

縋るような眸。

「いいですわ、お会いします。
他にはありますか?」

「もし私に出来ることがあったら、何でも言ってくれ。

君のために、何かさせて欲しい。

何か、私にして欲しいことはない?」

…うーん、何か要求してあげた方が親切なんだろうけど。

「…今は特に思いつきませんわね。

あ、一つありますわ。
ちゃんと食事と睡眠を取るようにしてください」

エドウィン様は、ちょっと困ったような表情をした。

「君は…こんな時も、私のことなんだね…。

——わかった、約束する。

他にもどんどん要求してくれると有難いな」

苦笑するエドウィン様に、そうします、と言って微笑む。

すると、安心したように頬を緩めたエドウィン様は、私の左手を優しく取って、指先にキスを落とした。

久々のことに、真っ赤になっていると、更に髪を一房取って、そこにもキスを落とす。

「なっ…ウィンっ!」

「どれだけ君を愛しているか、私はアピールし続けるからね、愛しいレティ」

笑って、エドウィン様は言う。
あんまり嬉しそうだから、仕方ない人ねと許してしまう。

とりあえず、今はこのまま。
自分の気持ちに、向き合っていこう。


遅くなったので、今日は皇太子宮に一泊させてもらって、明日王国に戻ることにした。

私と接点を持つことで、エドウィン様は安定したとアルバート様から太鼓判を貰ったから、安心して戻ることができる。




で、だ。

もう一人心配な人も、この際ケアしておこう。

そう、アルバート様だ。



「アルバート様も、眠れてないですよね?」

この際だからと、魅了についての資料を借りる事にした私は、持って来てくれたアルバート様に問いかける。

アルバート様は苦笑して頷いた。

「マーガレット嬢に隠しても仕方ないですからね。
中々眠れないですね」

「それは何故ですか?
お仕事が忙しいと言っても、エドウィン様はよっぽどの事がないと残業させませんよね?」

アルバート様の苦笑が、痛みを堪えたものに変わる。

……やっぱり、か。

「イェーナ様との婚約、政略では無かったのですね?」

アルバート様は、少し驚いた表情をされたが、観念したように頷いた。

「イェーナ嬢の、はっきりした物言いが好きでした。その正義感も、行動力も心地よかった。

だから、彼女と結婚したいと両親に伝えて、婚約を整えてもらいました。

もう、許して貰えないでしょうが、私もエドウィン様に負けない程の想いがあります」

えっ、あの愛の重さでナナを想ってるの?

——諦めるなんて、無理なのでは?


「ナナと、話をしましたか?」

「いいえ、婚約者解消も、高等法院を通しましたし、全く機会を得られず。

私の行動の結果ですから、とても話し合って欲しいとは言えません」


儚く笑うアルバート様の横顔は、一眠りする前のエドウィン様のよう。


「来月、休みは取れますか?」

私は、思わず聞いていた。

取れます、と、少し希望を持ったようなアルバート様に、私は言った。

「一度だけ、私がお膳立ていたします。
今のままでは、アルバート様は絶対に倒れますし、ナナもそれを喜ぶとは思えません。

機会を用意するだけです。
それでもよろしくて?」

「勿論です。ありがとうございます」

先程とは別人のように生気を漲らせて、アルバート様は頷く。

私は、来月8日を指定して、アルバート様と分かれた。
ナナに伝えて、休みと外出を届け出てもらわないといけない。



そして翌日、寂しそうに見送るエドウィン様を置いて、私は王国へと戻った。

すぐにナナと連絡を取り、事情を話して休みを取ってもらう。

ナナは勇敢な人だから、こういうことから逃げたりはしない。

私たちは、どんな結論をナナが出しても、それに味方するだけだ。