「なあ、いつまでむふむふ言ってるんだ? 人なら人語を喋れよ。コンニチハ、コンニチハ」

 まるでオウムに話しかけるように、潔は言う。が、無風の返事は依然「むふ」のみであった。

「まさか喋れないのか」

 潔が思いついたとばかりに言うと、無風は我が意を得たりと頷いた。

「なるほどわかった!」

 すると潔は部屋の隅にあるプラスチックのケースを開けた。取り出したのは五十音表。任意の文字を押すと女性の声がそれを読み上げる、子供用のおもちゃである。昔、潔はよくこのおもちゃに『うんこ』と言わせてはげらげら笑っていた。
 うんこはともかく、潔はこのおもちゃを無風に渡し、意思の疎通を試みることにしたのだ。無風は素早くそれを受け取ると、以下のように入力した。

『ふ く を き て く た さ い』

 服を着て下さい。潔は自分のあられもない姿を見た。そして恥じらうでもなく「おう、そうだったな。これは失礼した」と笑うと、ようやく服を着たのであった。

 そして右の靴下を履いたあたりで、

「い、潔さん」

 という、弱々しい男の声を聞いたのである。
 潔は無風の顔を見た。全身タイツだが、表情は真剣だ。そして、はっと何かに気づいたように正座する。
 そして彼は言った。

「潔さん、お久しぶりです。貴女の許婚の千堂無風です。俺と結婚して下さい」

 深々と頭を垂れる無風に、潔は靴下を半分しか履けないままに、言った。

「おう」

 と。