勉強机の上に無風をのせると、それなりに場所を取る。
 潔の部屋はぬいぐるみが多く、じっとしていると無風もその中のひとつになってしまったように見えた。
 潔は鞄を置くと、てきぱきと制服を脱ぎ始めた。

「むふ!?」無風はにわかに焦ってそっぽを向く。

 しかし、下着姿の潔に向かい合うような格好で持ち上げられてしまう。

「むっ、むふ」無風はぎゅっと目を瞑った。そんな様子に潔は全く気づかずに、独り言のような調子で呟いた。

「はて……。会ったことがあると言われても、思い出せないんだよな」

 実は先程優子に、「潔ったら無風君のこと忘れちゃったの!?」と散々責められたのである。家に来たことも何度かあるらしいのだが、潔にしてみれば本当に、全く、なーんにも覚えていないのだから仕方がない。

「こんな毛玉と面識があったら忘れないと思うんだがな」と、潔はうっかり無風が本来人間であることを忘れた発言をした。というより、やはり信じ難いのだ。ずっと薄く騙されているような心地がする。これに限らず文藏絡みとなるといつもそんな感じだからだ。

「むふ」

 無風の鳴き声がした。君、急に声が低くなったなーーと言おうとした潔が振り返ると。

「むふ……」

 真っ黒な全身タイツ姿の男が、そこにいた。

「……なっ」

 なんじゃそりゃ。

 潔は自分が下着姿であることも忘れてずかずか男に近づいた。

「これはすごい……。どういう仕組みなんだ。それより君、本当に人間だったんだな」

「むふ! むふ!」

 無風は右腕を伸ばし、左腕で自分の視界を遮っていた。これは潔の下着姿を直視すまいという、紳士的な配慮であった。ところがどう配慮したところで、状況的には少女の部屋に上がり込んでむふむふ言っている変態でしかない。