少しの間があって戻ってきた文藏は、帳場机の上に黒い毛の塊を置いた。
 何事かと思ってよくよく見ればそれはもぞもぞ動いている。すると、少なくとも掃除道具ではない。
 それではなんなのだ、一体。

「これは儂の孫だ」
「孫というのか? 変わった名だな」
「や、違う違う。儂の、子供の子供」
「……なるほど」

 潔はしばし天を仰ぐと、言った。

「そろそろ病院に行った方がいいんじゃないか?」
「儂がボケてるとかじゃなくて、孫なんだっつの」

 だって。
 潔は眉根を寄せながら黒いものを見る。黒いものもこちらを見た。円な瞳がうるうると潤んでいる。そして黒いものは鳴いた。

「むふむふ」

 と。

「……変わった鳴き声だな」

 潔は動物に詳しくないから、一体これがなんなのか検討もつかない。犬でも猫でもうさぎでもなければ狸でも狐でもない。ただ、丸くてふわふわしている。手を伸ばしてみると、「むふ」と硬直してしまったので、触るのはよしておく。
 率直に言って、撫で回したいようなかわいい生き物ではある。
 文藏が咳払いをした。

「訳あってこんな姿になっちゃいるがこれは正真正銘儂の孫、千堂無風(せんどうむふう)だ。歳は……えーっと、お前いくつだっけ」
「むふむふ」
「あっそっか今喋れないんだごめん」

 文藏はえへへと頭を掻き、潔はえへへじゃないだろ……とげんなりした。

「で急に『お孫さん』を紹介した理由はなんだ。勿体つけずに言ってくれ」

 一応孫という続柄を信じたことにした潔に、文藏は更に意味不明なことを宣う。

「まことに不本意であるが、正との約束により、孫をお前にやる」
「やるってなんだ。約束ってなんだ」

 嫌な予感がむくむくと膨らんでいく。

「あれ? 聞いてないの? お前と無風が許婚だって話」

 いいなずけ?
 この毛玉と? 私が?
 ……潔には、もはや二の句が継げなかった。