どんどん重くなる足をまた一歩前に出した瞬間───。

カランカランカラン

強い風に顔を伏せたと同時に空き缶が転がる音が聞こえ、足を止めると振り返った。

けれど空き缶らしきものは見当たらず前を向くと物凄いスピードで自転車が目の前を通り過ぎた。

「キャッ」

身をすくめ、顔を上げると驚いた。

わたしが立っていたのは横断歩道の前。

信号は赤。

わたしは今、この赤信号の横断歩道を渡ろうとしていた。

それほどまでにぼーっとしていたことを知って怖くなる。

向こうの信号はカッコーカッコーと音が鳴っている。

そういえばさっきからその音が鳴っていたことを耳が覚えていた。

もしも今、もう一歩足を踏み出していたらあの自転車に、もしくは車にひかれていた。

でも、わたしは赤信号の横断歩道の前で止まっている。

ここが横断歩道の前だったことに気が付いていなかったのにどうして?

どうしてわたしは止まったんだった?

なにが起きたのかをもう一度思い出してみる。

急に強い風が吹いて空き缶が転がる音が聞こえて───。

「瑞樹っ」

瑞樹だ、瑞樹がわたしを助けてくれたんだ。

わたしはもう一度振り返った。

さっきは見つけることができなかった空き缶が歩道の隅に転がっている。

空き缶を拾うと近くの自動販売機の脇にあったくずかごにそれを入れた。

青く穏やかに晴れた空の下、風は優しく吹いている。雲もゆっくりと流れている。

こんな穏やかな日にあんな強い風は吹かない。

───ありがとう瑞樹、ごめんね心配掛けて、もう大丈夫だよ。

瑞樹のおかげで目が覚めた。

背筋を伸ばすともう一度さっきの横断歩道の前に立つ。

目の前のデパートの垂れ幕に"絵画展"の文字を見つけた。

"絵"という字に胸のどこかが強く反応している。

絵の具の香りが漂う。

頭の中で3色の絵の具が混ぜられ色が作られていく。

景色が浮かび、色をのせていく。

前に理斗君に言われたことを思い出す。

「だったら絵を描くことを仕事にすればいいんじゃね?」

信号が青に変わり、しっかりと足を前に踏み出した。