透明な君と、約束を


学校ならそのまま颯真の頭を撫で返すなりするけれどここではそうはいかない。
私は颯真の胸板をぐい、と片手で押して距離をとる。
今度は颯真が私の頭の後ろを押さえて自分の方に引っ張った。

後ろでは曲が流れているのに頭に入ってこない。
だけど颯真は指示が飛んでくるのをそのままこなし、私はそれに翻弄されて終了してしまった。


颯真達は女子達との撮影後も別の撮影があるから残ることになっている。
女子は終わった人から帰れる事になったので、私は早々に着替えて荷物をまとめながらさっきまでのことが蘇っていた。

悔しい。
正直に言えば悔しかった。

俳優を目指しているなんて私はいいながら颯真の方が遙かに指示にすぐ対応し、そして私を惹きつけた。
終わって、良かったと笑顔でスタッフさんに言われたけれど、私は颯真に引っ張られただけだ。
そんな颯真はケロリとしていて、面白かったという余裕まである事に私が落ち込んだ。
本当に演技なんて私に出来るのだろうか。
颯真はキラキラしたライトの当たる世界をどんどん前に進み、私はそれを見ているだけ。
替えのきくモデル、その他大勢のエキストラ。
もっと進みたいのに進めない。
焦りと異様な悔しさが沸き上がる。

そして演技とは言え愛おしそうに私を見つめていた颯真に、私は違う人を重ねてしまっていた。
その人がそんな顔をするのはあの人にだけ。
私には決して向けてもらえないモノ。
だから重ねてしまった、もしあの人が私をこんな目で見つめてくれたのなら、と。

鞄に最後の荷物を入れるとスマートフォンが震える。
颯真からメッセージが届いていて、撮影ホール入り口近くにいるから来てというので私は部屋に残る人達に挨拶をしてから向かった。