透明な君と、約束を


「事前に打ち合わせしなかったのはわざとだ。
知世、お前女優目指してるんだろ?
今言われた設定くらいすぐに演じきれないでどうすんだよ。
本番で相手がアドリブで演技してきたらすぐ対応できんの?
こういうのを実践で出来るチャンス、それを生かそうとは思わないのか?」

真面目な顔で指摘されハッとする。
確かに鹿島さんには自分の目的を達成するため、私に成功してもらわなければならないだろう。
だけどそれだけじゃ無く、私に勉強する機会も作ってくれた。
単に忘れていただけかもしれないし、良いように丸め込まれている気がしなくも無いけど。
でもそれは目標とするドラマ出演だって似たような事は起きるはず。
どうせなら経験値は多い方が良い。
私は覚悟を決め、まずはドキドキとしている心臓を落ち着かせるように呼吸を整える。

鹿島さんの親戚として、実際彼が生きていたなら私と彼の年の差は約六歳。
彼が亡くなった年齢を考えると一緒に過ごした時期はかなり子供のはず。
記憶が曖昧でもそれなら誤魔化しもきく。
言い淀んでもいいように、実年齢より少し幼い気弱な妹イメージを作って、門にはめ込まれたインターホンのボタンを鳴らした。

『・・・・・・はい』

もう一度鳴らそうかと考えたときに声が聞こえた。
インターホン越しに聞こえる声は若い感じでは無いようだが女性だ。

「わたし、鹿島渉さんの親戚で柏木と言います。
鹿島さんのことでお話がしたいのですが、千世さんはいらっしゃいますか?」
『ちょっと待って下さい』

警戒している声に変わったのがわかる。
少しして玄関のドアが開き、出てきたのは小柄な女性。

『千世の母親だ。
じゃ、言ったとおりに』

私以外に声は聞こえないのに、鹿島さんはひそひそと私の側で声をかけた。
こちらに歩み寄ってきた彼女から不審そうな視線を向けられ、私は門の所で立ちながら演技を続ける。
ここにいるのは渉お兄ちゃんの親戚なのだと言い聞かせて。