「でもてっきり阿部さんってドラマとかそっち方向に行くんだと思ってました」

颯真は昔から阿部さんのファンだった知識を全開にして話すと、阿部さんは苦笑いする。

「実はさ、これは外では話していないことなんだけど」

その前置きに私達は前のめりになって聞く体制になった。

「中学三年の時にね、仕事が二つ来たんだ、ドラマの端役とミュージカルの準主役。
その頃はドラマというかテレビで活躍したいと思ってたから、やっぱり選ぶならドラマだと思ったんだ。
以前からちょこちょこ出しては貰ってたけど、名前も無いとかあっても台詞が少ないとかで。
今回のは一応ゴールデンタイム、だけど1回だけの出演。
対してミュージカルは規模は小さいけど有名だし、期間はそこまで長くない。
ミュージカルは事務所に言われて渋々受けたものだったんだ。
それがまさか準主役に抜擢されるとは思わなくて。
事務所は時期が被るからどちらでも良いって言うんだけど、やっぱりドラマをやりたいし、正直ミュージカルなんて経験無いから荷が重くて」

わかります、と颯真は相づちを打っている。
私からすれば同じような歳でこうも二人とは差があるのかと思い知らされるけれど、それが実力なのだ仕方が無い。
悔しくないと言えば嘘になるけれど。
鹿島さんを横目で見てみれば阿部さんの見える位置で、部屋の壁に寄りかかって腕を組んで聞いているようだった。

「でね、相談したんだ先輩に」
「そういう相手がいるの良いですね、事務所の先輩ですか?」
「いや、この高校の先輩。
僕が中三の時に彼は高一だったんだけど」

それですぐに気付いた。
その相談相手ってもしや。

「その相談相手は?有名な人なんですよね?」

阿部さんは眉を下げて、そうだね、と小さく言う。

「まぁ名前は伏せさせて。
男の僕が言うのもなんだけどほんと綺麗な顔をしてる人でね。
モデルしながら役者の道を進んでいて努力も素晴らしくて。
僕は彼を尊敬してたし面倒のいい人だったから、中学の頃から何かあればいつも彼に相談をしてた」

何故か阿部さんは名前を出さなかった。
それでも誰のことかわかる。
間違いなく鹿島さんだ。
だから思わず鹿島さんは阿部さんの名前を呼んでしまったのだろう。
颯真もわざと阿部さんが名前を伏せていることに追求したりはしない。
こういう業界のせいもあるかも知れないが、そういう空気感や距離を感じるのは大切だ。