打ちのめされていると、始業のベルが鳴った。ガラっと木製の引き戸の開く音と共に、ナイジェル先生がやってきた。

 ちらっと私に群がる3人に目をやり、一喝。


「そこ、授業を始めるので席につきなさい」

 ナイジェル先生には小さい頃からお世話になっている。基本、表情は乏しいが私を差別しない数少ない人間の1人だった。

「本日は魔獣についてです。本のこの世界の理、88Pを開いてください」

 分厚い本を出してそのページを開くと、禍々しい魔獣の絵が載っていた。黒い体毛に鋭い牙と爪、見た目はイタチのようだが体調5~7mあると記されている。

 イヴはすでに読んだことのある内容だったが、何回読んでも本当にこんな大きく獰猛な獣が外の世界にいるなんて、信じられなかった。

「ここフェンリル国は大穴にあり、いわばなんの外敵もいない平和な国です。害獣などの命を脅かす存在もいません」

 そうこの国は平和そのもの。大穴に住んでいるということと、最上層の太古から生えているという立派な木達が魔獣除けとなりまず魔獣が侵入してくることはなかった。

「しかしこの国を出た外の世界には人を襲う魔獣という存在が生息しています。人間の3倍から10倍程の巨体で鋭い牙や爪を持ち、人間や動物を襲う凶暴性を持ち合わせています」

「この魔獣を討伐できるのが、元狩猟大国ガイアの軍人です。国力としては帝国ラスティンなに次ぐ大国であり、軍事力だけで言えば最強とも謳われています。近年では帝国ラスティンもガイアへ匹敵する軍事力を有しておりますが、狩猟に関してはガイアの右に出る国はありません」

 淡々とナイジェル先生が話す中で、ソフィアの弾んだ声が差し込む。

「私、外交先でガイアの王子に会ったことがあるわ。私に見惚れて手を振ってきたの」 

 その発言に一斉にクラスが沸く。ガイアの王子達は特に強い戦士だと有名であり人気があったのだ。

「えー、さすがソフィア!かっこよかった?」

「うーん、まぁまぁかな?でも体はがっちりしてたわ」

 そんな盛り上がりにナイジェル先生が水を差す。

「それは何かの間違いかと、あなたの外交先で大国ガイアの王子と出会うことはまずありえません」

 ナイジェル先生が正論なのだろう、恥ずかしさから顔を赤くして怒るソフィア。

「先生なんか一度も外に出たことないくせに、何が分かるんですか!」

「ソフィア、自分を誇示するのも大概になさい」

あくまで冷静に諭すナイジェル先生に、納得いかないソフィアが綺麗な瞳で睨みつける。

「こんなの先生の僻みよ」

ボソっとシェラルに文句を言う。それに同調するシェラル。

「そうよ、外の世界へ嫁ぐ前に、魔獣の話なんてしなくなって良いのに」

フっと鼻で笑うと蔑むような目でナイジェル先生を見る。

「まぁ、先生も哀れよね。私はここよりずっと裕福な帝国エルヴァンの伯爵アンバー公爵様へ嫁ぐのよ。この上ない幸せだわ」

 彼女にとっては国内に残留させられた大人なんて、先生とはいえ自分より下等な存在、見下して良い存在になっていた。
 先生に聞こえてしまうのでは、と1人ハラハラするイヴだったが、その後も授業は淡々と続いた。
 ソフィアの機嫌はというと、最後まで治らなかったようだった。