そこは真っ白な空間が広がっていた。石の壁には繊細な彫刻が施され、中央には大きな円形のお風呂と噴水がある。
 汚いままではまだ風呂には入れず、桶に入った多量の湯を頭から何回かかけられ、泡のついた布で全身を洗われる。モクモク全身泡だらけになり、白かった泡がどんどん薄茶色に変わっていった。

 ひとしきり洗い終えたらまた桶で体中の泡を流し、また石鹸を付けて全身くまなく洗われる。
 くまなくっていうのは、秘部やお尻や胸元も。時々「ひゃあっ、そ、そこはだいじょうぶです」と声を上げるも半ば強制的に洗い尽くされ、ただ、その羞恥に耐えるほかなかった。

「はぁ、これでようやく湯船へ浸かりましょう」

「は、はい!」

 赤、ピンク、白色のバラの花びらが揺蕩い、とても良い香りがする。

 そこで肌が見たことのない位、綺麗な色をしていることに気がつく。まるでソフィアやシルヴィア様みたいな、透明感のある白肌。つつつ、と手で腕やら足やら触ってみる。すべすべ、もちもち、していてまるで自分の肌ではないよう。

「綺麗な肌ですね」

「これが本来の肌です。しっかり体を洗ったことがないでしょう?」

「び、びっくりしました。ありがとうございます」


※※※


 何に対してのありがとうなのかしら?
 メイド4人衆はイヴという子どもの世話をしながら、なんともいえない違和感が生じていた。

 私達は、当然の仕事をしたまでなのだけれど、先程から、この子に何かする度にすいませんとありがとうございます、の繰り返し。
 王子達が突然連れ帰ってきた、その辺の捨て子みたいに薄汚い子。かといってスレてる訳でもなく、子どもらしい素直な反応がいちいち可愛らしい。そしてちゃんと礼儀正しい。
 
 大事な客人だ、丁重にもてなせと言う割に全く貴族らしくない態度と言動。一体何者なのだろうか。



※※※



 初めて見る自分の本来の姿。目をぱちくりさせて驚く私に、たまらず1人のメイドさんが吹き出した。

「こら!」

 叱るのは1番年長者と思わしきメイドさん。
 驚いて、ビクっと体を震わせる。ちらっと見上げてみると焦ったような様子の年長メイドさん。私を笑ったメイドさんは、優しく微笑んで続けた。

「だって、可愛らしいんですもの」

 目が笑っている。頬が熱くなって、どう反応して良いか分からず、あわあわ、と慌ててしまう。こういう場合は、ありがとうなのか、謙遜するべきなのか、はたまたどうしたら良いのやら。

 嬉しいのに混乱して素直に喜べず、微妙な顔になってしまっていたようで、年長メイドさんが頭を下げて謝ってきた。

「申し訳ございません、どうか気を悪くしないでください」

「あ、あの、悪気はなくて」

 おろおろするメイドさん方に、尚更混乱してしまう私。困らせたくないのに、謝らせたくないのに。どうしてこうも誤解されやすい性格をしているんだ。

 困ったように眉尻を下げ、たどたどしく言葉を紡ぐ。大丈夫、この人達は聞いてくれる人達だ。

「と、とんでもない、ですっ。普段、ほめ慣れてないから、すごく嬉しくて。でも、なんだか、喜んじゃいけない気がして。どんな顔をしたら良いのか分からなくて、そしたら、へんてこな表情になってしまって……、すいません」

 良かった、ちゃんと伝えられた。途切れ途切れになったけど、こうやってちゃんと自分の気持ちを最後まで伝えられたのは久しぶりだ。

「でも、グレン様に丁重にと言われていたのに」

「あの、私はそんな人間じゃないので、そんなに気を遣わなくて大丈夫です」

 今度はちゃんと笑って伝えられた。4人は顔を見合わせてほっとしたような表情をしている。良かった、正しく伝わっている。


 4人は仕事がしやすくなったようで、風呂を上がると4人一斉に私の体をタオルでゴシゴシ、ガサガサと容赦なく吹いた。

 さらっとワンピースを着させられると、お次はドレス選び。
 また、物々しい長い廊下を足早に移動し、とある一室へ移動。そこには王室御用達と思わしき仕立て屋のおじいさんと男の子が待っていた。

「さぁ、時間がありません!急いで、採寸してくださいまし!」

「かしこまりました。それでは両腕をまっすぐ伸ばして、胸を張ってください。お次は少し足を開いて~、目線はまっすぐのままですよ」

 メジャーを持ったおじいさんが近付いてくる。すると誰かが走る足音が部屋の外から聞こえてきた。その足音はこの部屋の前で止まると、次の瞬間ドアが勢いよく開いた

「待って、それ俺がやる」

 息を切らしながら、つかつか大股で近付いてくると、おじいさんの持っていたメジャーを奪い取った。

「え!レオ様!?」

「メジャーで合わせりゃ良いんだろ?」

「え、しかし」

 突然の第二王子の乱入に戸惑うおじいさんとメイドさん達。そんな彼らを一瞥すると、一段声のトーンを落として語気強めに言い放った。

「悪いが今後は、女性の店員にお願いしたい。いくら子どもとはいえ配慮がなさ過ぎる」

 王子の静かな怒りに、一瞬にして和やかだった雰囲気が、ぴしゃりと凍てつく。
 どうやら城に来た仕立て屋が、おじいさんだと聞いて急いで駆けつけてくれたらしい。

「あ、あの、私は、」

 全く気にしていなかったと弁明するより先に、ずらっとメイドさん方が横並びになり一斉に深く頭を下げて謝った。
 おじいさんも顔色を真っ青にさせてそれに続く。

「いくら子どもとはいえ配慮が足りず、大変申し訳ございませんでした」

「ほ、ほんとに、全然大丈夫です。私、今年16になるのですが、こちらではこの年齢でも子ども扱いして下さるんですね。なんだか得した気分です」

 目の前でメジャーを持ちながら固まるレオ様。周りにいる皆も時が止まったかのように固まっている。

「「「じゅ、じゅうろく!?」」」

 そして堰を切ったかのように、声を揃えて驚きの声を上げた。きーんと耳に響いて、目をぱちくりする私。そんなに驚くことだろうか、確かに同年代の皆より小柄だったけど。

「誠に申し訳ございません。老い先短い命ではございますな、ここで謹んでこの命に代えて謝罪して頂きます」

 おじいさんが土下座しながら、プルプル震える手でナイフを持つと切っ先を喉元に向けた。

「え、え!な、なんでですか!」