陛下は黙って、アーシュラ様を見つめていた。先程から俺の父が、揶揄するような視線を投げかけてくる。アレクサンダー殿下は今のところ、口を挟む気はないようだ。


(一体なにを思っておいでだろう……)


 殿下はアーシュラ様のことをいたくお気に召していた。王都にいる間、頻繁にお茶へと誘い、交流の機会を窺がっていたし、宝石やドレスを数点贈ったことも知っている。旅立った後だって、手紙で度々夜会へと誘っていた。

 今思えば殿下は、本気でアーシュラ様を妃に望んでいたのだろう。彼女がアスベナガルの王太子の婚約者だったと知っていたのなら、尚更。

 あちらで王妃教育を受けていたならば、一から教育を施す必要が無いし、聖女というステイタスは大きい。旅に出て以降は、アーシュラ様への感謝の言葉が各地から寄せられていたようだし、彼女を王妃にすれば国民へのアピールにも繋がる。


(アーシュラ様はそこら辺、全部分かっていたんだろうなぁ)


 分かっていたからこそ先手を打った。あの発言は俺の退路を断ち切りもしたが、『アーシュラ様がこの国の王太子妃になる道を断とうとした』というのが実は正しい。

 あれだけ多くの人間がいる前で、一介の騎士である俺への好意を明らかにしたのだ。あれを完全に無かったことにすることはできない。