(それにしても)


 隣国の元王太子殿は、顔面蒼白で震えていた。
 真実を知った民の反発は大きかろう。
 それに、平常時ならば話は別だが、今のアスベナガルに、戦に勝てるだけの力はない。それなのにこの男は、自ら進んで戦の火種を作ったのだ。責任を問われることは間違いない。彼や王家が無事でいられるのか――――こちらで処罰を喰らうより、そちらの方が余程苦しかろう。

 その時、ぷはっ!と音を立てて、アスベナガルの元王太子が口を開いた。ようやく術が解けたらしい。はぁ、はぁ、と大きく息を吸い、唇をワナワナと震わせている。往生際が悪いにも程がある。ゲンナリした。


「――――――ウルスラ、もう一度だけ聞く。俺と一緒に、国に帰る気はないか? 聖女に……俺の妃に戻ってくれないか?」


 男の表情は真剣だった。アーシュラ様に自分への未練が残っていると、今でも本気で思っているのだ。『自発的に帰国する』のと『お情けで一時帰国する』のとでは雲泥の差がある。自分の命運がかかっているのだから、当然と言えば当然だが。


「絶対に無理ですっ」


 アーシュラ様は満面の笑みを浮かべ、さりげなく俺の隣に移動する。何故だか妙に、嫌な予感がした。