(気を遣う、か)


 王宮での滞在期間中、アーシュラ様はあまり侍女を部屋に入れたがらなかったらしい。お仕えし甲斐がないと馴染みの侍女がぼやくほどだ。

 とはいえ、王都に来てからの殆どの時間を、アーシュラ様は神殿や街の中で過ごしていた。「面倒」だとか「休憩したい」が口癖の癖に、いざ祈りを捧げる時のアーシュラ様は真剣そのもの。あまりの神々しさに、彼女の本性を知る俺ですら見惚れてしまったほどだった。


(そういえば、王都までの旅の間も、よく西に向かって祈りを捧げていたな)


 毎日決まった時間、決まった方角に向かってアーシュラ様は祈りを捧げる。お祈りの時はいつだって真剣だが、西へ向かって手を合わせるアーシュラ様は殊更美しく、神秘的で。神から愛された雲の上の存在なのだと実感した。


「アーシュラ、本当にもう行くのか?」


 アーシュラ様と二人、揃って後ろを振り返る。
 声を掛けてきたのはアレクサンダー殿下だった。いつの間にか呼び方が『聖女殿』から名前に代わっている。途端、アーシュラ様は口の端を引き攣らせ、さり気なく俺の後ろに移動した。
 露骨とも受け取れる拒絶行為。けれど、幸いなことに殿下は気づいていないらしい。ニコニコと朗らかな笑みを浮かべ、アーシュラ様と向かい合うように身を翻した。