『紅茶、冷めてしまうよ?』
『あ』

言われて、目の前に置かれたカップを見れば、まだなみなみと紅茶が残ってる。

慌てて口をつければ、だいぶぬるくなってしまっていたけれど、味は格別に美味しいままだった。

『マスターにもう一度温めてもらおうか?』
『いえ、このままで大丈夫です…それにこの紅茶、冷めてもこんなに美味しいんですね』
『そう?なら良かった。でもそれ、マスターに直接言ってあげてくれないかな。あの人凄く喜ぶから』

気付けば、互いに緊張が溶けたように、自然と会話が弾む。

いつからか、ずっと高鳴っていた心臓の鼓動が、ゆっくりと穏やかなものに代わっている。

二人でいるこの空間に、もう最初のような違和感は感じない。

『時間、まだ平気…かな?』

問われて、近くにあったかなり年季の入った古い柱時計を見れば、時刻は16:20を示していた。

だいぶ日が短くなり、もうじき陽が暮れる時刻。

…と、晴樹さんのコーヒーカップが、空になっていることに気が付いた。

『珈琲、お代わりしますか?』
『ん?』
『私、今日はこの後特に予定もないので、気にしないで注文してください』

何気なく放った言葉に、晴樹さんは何故か吹き出し、可笑しそうに笑い出す。

『晴樹さん?』
『ああ、ごめん。もしかして、さっき僕が栞に聞いたのは、珈琲をもう一杯飲みたいからだと思ったかな?』
『違うんですか?』
『あぁ、もう…栞のそういうところ好きだな』
『すっ…!?』

ごく自然に”好き”と声に出されて、おさまっていた心臓が跳ね上がる。