『もちろん性別に関係なく、僕にも人に対しての”好き””嫌い”という感情はあるし、友人なんかのそれは”気が合う””合わない”と言い換えることもできる。ただし、それと恋愛感情とは違うものだろ?』

それは確かにそうだろうと、うなずいた。

『学生の頃なんかはそうとは知らずに、何となく”気の合う”女性の何人かと付き合ってみたこともあったんだが、どれもそう長くは続かなかった。彼女らに言わせると、僕の気持ちが”友達としての好き以上”じゃないのだということらしい』


”栞って、俺のこと友達以上に思ってないだろ”


不意に、2年前に別れた彼に、最後に言われたセリフを思い出した。

学生時代からの友人で、偶然地元で再開して何度か会ううちに告白され、押し切られる形でつきあった男性。

私的にはそれなりに楽しかったのだけれど、別れ際にそう言われて、返す言葉がなかったのを覚えてる。

『栞?』
『あ、いえ…なんでも』

思いがけず過去の恋愛を振り返ってしまい、今となっては不思議とどれも、陳腐で幼稚な気がしてきてしまう。

『つまり、僕はこの歳まで、本気で誰かを好きになったことがない』

”誰かをどうしようもなく好きになる”

実のところ…そんな恋愛は、私もしてこなかった気がする。

『実際今まで、目の前にどんなに容姿が端麗で、どんなに性格が良い女性が現れても、僕の心は高鳴らない。それに自分に偽って、好きになれるだろうと無理してつきあうことは、相手を深く傷つけることだと知ってからは、意識的に自分の心を操作するようなこともやめたんだ』

まるで他人事のように淡々と語り、そのうちそういう相手は自然に現れるものなのだと、のんびり過ごしていたら、”いつの間にか30歳を越していたんだ”と自嘲する。