期せずして、また二人きりの空間が訪れてしまい、マスターがいたおかげで少しほぐれていた緊張が、また高なりをみせ始める。

流れていたピアノ曲は、いつしかクラシックなものからジャズ系の曲調に変わっていた。

『マスター何だって?』
『え…っと』

珈琲を口にし、ソーサーに戻しながらそう問われると、さすがにさっき言われたセリフをそのまま言葉になど、出来るはずもない。

『まぁいい…あの人にはどのみちすべて見透かされてる。おおかた、”僕が君しか見えていないようだから心配ない”とでも、言ったんだろうが』

鋭い洞察力で言い当てられ、マスターの助言をサラリと肯定してしまう。

その何の迷いも無く口にした言葉は、私への想いが込められてしまっていることに、この人は気付いていないのだろうか。

まずは注文したアッサムのミルクティを口にし、その適度な甘さと極上の香りで、晴樹さんのペースに流されないように、気を引き締める。

『…どうして』
『ん?』
『どうしてそんな風にはっきりと言えるんですか?出逢って間もない私のことなんて、まだ何も知らないのに』

あの日から、ずっと引っかかっていた疑問を口にした。

『それは…』

一瞬何かを言いかけて口を噤み、息を吐いて目を閉じると、ゆっくりとした動作で瞳を開け、真っすぐ私の正面に向き直る。

『さっきマスターが、僕が男女の色恋沙汰に興味がないと言っていたが、あれは遠からず当たってる。僕は、昔から女性に特別な感情を持ったことがない』
『それって、好きになる対象が女性ではないということ?』
『いや、そうじゃない…言い方を間違えたな。正しくは、誰に対しても”恋愛感情”というものを持ったことがないんだ』

思わず何が違うのだろうと、首をかしげてしまう。

そんな私の様子さえ愛おしそうに見つめながら、晴樹さんはその先を続ける。