一体、何がどうなって、こうなっているのだろう?


あの本屋の出来事から、三日経った日曜日の午後。

とある駅の裏路地に、ひっそりと佇む珈琲茶店『琥珀堂』。

洒落たアンティークの革張りソファに腰を下ろし、さっきから早すぎる心拍数を何とか正常に戻すために、思案に暮れていた。

『今日はジャマイカから良い豆が入ったんだが、飲んでみるかい?』
『ブルマンですか。良いですね、是非お願いします』

目の前の男性は、この店の常連客ということもあってか、店のマスターと珈琲談義をフランクにかわす。

自分とは違い、これといった緊張感は持ち合わせていないように見える。

『他とのブレンドもできるが…どうする?晴樹君』
『いえ、折角ですからストレートでいただきます。煎りはマスターにお任せで』
『ほぅこれは責任重大だ。私に君を唸らせることができるかな』
『ご謙遜を。僕はマスターの腕を、心から信用してますから』

向かいのソファに座る男性の名は、”城ケ崎晴樹”(というらしい)。

年齢は32歳(だった)。

気になっていた仕事は、やはり一般の企業努めではなく、フリーで英語やフランス語の翻訳を生業にしているとのこと。

さまざまな本を大量に読み漁るのも、本業に生かすための必要な経費なのだそう。

あの日あの後、時間も遅かったので互いの名前と連絡先を交換して直ぐに別れ、今日までにかわしたメッセージだけのやり取りは、数回程度。

その短い文面では、彼の”人となり”は分かる訳が無い。

『栞』
『は、はいっ?』

唐突に名を呼ばれ、思わず返事が裏返ってしまった。

『注文、決まったかな?』

聞かれて、自分が焦げ茶色のカバーのかかったメニューブックを、持ったままだったことを思い出した。