『栞ちゃんの運命の人は、本屋で出逢うのよ』

職場の更衣室の中に併設されている畳の部屋で、昼食を食べ終えたひと時。

唐突に、先輩社員が、そう断言する。

私、笹森栞(しおり)は苦笑いしながらも、“またこの人はいい加減な妄想を…”と、呆れ果てる。

自分と一回り以上年上の、この40代の契約社員は、何かにつけて想像力を働かせる、いわゆる【妄想女子】。

決して悪い人じゃないのだけど、平凡な毎日が続くと、何かしらの刺激がほしいのか、若い女子社員の恋愛話を欲しがり、ほとほと困ってしまう。

『高橋さん、何を根拠にまた…』

同じ課の先輩でもある村田さんが、見かねて助け舟を出してくれる。

そもそも、なぜこんな話になっているのかというと、いつものように恋愛ネタを欲した高橋さんが、“栞ちゃんに合う男ってどんな人だと思う?”と言い始めたことが、発端だった。

『根拠なんてないのよ』

悪びれる風でもなく、あっさりと言い放ち、

『でも、栞ちゃんに合う男って、絶対、本屋にいる気がするの』

何故か確信をもって断言する。

高橋さん(の妄想)によると、インドア派の私には、同じインドア派の《彼》がお似合いだとか。

例えば週末のデートも、二人でどこに行くでもなく、どちらかの家でまったりと、お互い着かず離れずの距離で、別々のことをしていても気にならないのがベストとのこと。

正直、妄想とはいえ、案外自分の理想系に近いのだけど…。

高橋さんの妄想話は、さらに続く。

『それも、ちょっと大きめなオシャレな本屋で、短時間じゃなく長めにいろんな本を見て周って、最終的には、1~2冊とかじゃなくて、大量にいろんなジャンルの本を買っていく人ね』
『紙袋とかで?』

同僚のエリカまで、まんまと高橋さんの妄想に捕まってしまう。

『そうそう!本屋なのに紙袋ね』

あまりに具体的すぎて、いつの間にかそこにいた他の社員も、本屋で本を探す男性が脳裏に浮かんできてしまうのだから、高橋さんの妄想も捨てたもんじゃない。