「は? 脱走? 何の話だ?
 母上からの手紙をちゃんと読んだのか!」


 オスカーが思い込みで口走ったその言葉に、ダンカンが顔色を変え大きな声をあげた時。

 それまでふたりのやり取りを黙って眺めていた ミシェルがダンカンの握られた拳にそっと手を
触れた。


「何かの行き違いがあったのでしょう。
 ダンカン様、大きなお声はお出しにならないでくださいませ。
 私、男性に大声を出されると怖いのです……」


 15歳から辺境の屈強な男達に5年間しごかれ続けたダンカンの周りには女っ気が全く無く、その見た目に反して彼はウブな男だった。

 王都には普段お目にかかったことがない様な綺麗な女性が多くて驚いたが、ミシェルほどの美女を見たのは初めてで、彼女を見た時からチラチラと盗み見をしていたダンカンであった。


 ミシェルがそんな彼の熱い視線に気が付かないはずはなく。
 彼女はこの先を計算して、この逞しい田舎者を落とすことにした。

 ダンカンがこの世界で、既婚男性なら必ず身に付けている結婚指輪をしていないことも、確認済みだ。