そんなある日、音楽室に忘れものを取りに戻った際に、ひとりで居たアビゲイルに会った。
 珍しく彼女の周りには取り巻きの令嬢達はおらず、オスカーもまたひとりだった。


 忘れ物を手にして軽く頭を下げて教室を出ようとしたオスカーを、アビゲイルが呼び止めた。


「オブライエン様、申し訳ございませんが。
 そのまま立っていてくださいませんか?」

 偉そうではないが、人に命じることに慣れた人間特有の拒否させない何かを含んだ声だった。


 将来の王妃陛下になるかもしれない(物語が進行して王太子の動向次第では婚約破棄になるかもしれない) アビゲイルにそう頼まれて、仕方なく
オスカーが立ち止まると。


 アビゲイルはゆっくりと彼の周りを3周した。
 そして『うーん、もう少しそのままでね』と少し砕けた口調になり。
 離れて見て、近づいて見てを、繰り返したのだった。
 それはまるで、画家や彫刻家がモデルを検分するように。

 そして満足したのか、大きく頷いた。