マーメイド・セレナーデ

店を出て、地下にあるいつもの喫茶店で軽いランチでもしようかと足を向けたとき名前を呼ばれて立ち止まる。真知ちゃん、と。

あまり聞き覚えのない声。
どこから呼ばれてるのかわからなくてキョロキョロと辺りを見回すと後ろから肩を叩かれた。

振り向いたら、古典的な罠。
人差し指があたしの頬にぶつかって、言葉をなくす。

どう反応したものかしら、と悩んで正面を向き、一歩身体をずらして振り返った。



「牧さん?」

「見事なスルーで。今からお昼でしょ?俺に奢らせて。……ってか実際は翔太の金なんだけど」



あそこのランチでいいよね、とあたしが目指していた喫茶店に向かったのであたしも後を追う。
牧さんだって、見事にどうでもいいこととして扱ってるじゃないの。
頬に感じた刺激に、手のひらで撫でて、忘れるように。



そういえば、翔太とこうやってランチに行くことはなかったわ。


23日に戻ってくると言っているのだから旅行に行く気はあって、ひいては仲直りするつもりはあるってことぐらいわかる。

けれどあたしの中ではやっぱり終わってしまうような気持ちになってしまう。